夕焼け
「おい、どうかしたのか?」
蘭を見送ったまま固まっていたコナンは、小五郎に声を掛けられて我に返った。
「あ、ううん、なんでもないよ」
慌てて首を振る。
なんだかんだ言っても、小五郎は人がいい。
コナンの様子がおかしければ、ちゃんと気づいて心配してくれるのだ。
これももう数週間のことかと思うと、少し名残惜しい気がした。
小五郎に、事の真相を話すかどうかを、コナンはまだ決めかねている。
コナンは、できるならば話したい。
怒られるのは仕方がない。覚悟はしている。毛嫌いされると困るが…。
とはいえ、コナンの心情はともかく、話される小五郎としてはどうだろう、と思うのだ。
(それでもたぶんおっちゃんは、知らないままよりも、知ることを望むだろーけどな)
コナンは考えながら、小五郎の机に歩み寄った。
「おじさん、ペン貸してくれる?」
「ん? ああ、持ってけ」
見上げて頼むと、小五郎は面倒くさそうにコナンを一瞥しただけだったが、自ら手を伸ばしてペンを取りあげ、コナンに手渡してくれた。
「ありがとう」
礼を言って、コナンは接客用のテーブルに向かい、置いてあった折り紙を手に取った。
――さて、何を書こうか?
うーん、とコナンは唸る。
今度は誰はばかることなく、思いっきり素で唸った。
願い事を書け、というのは本当に困る。
学校では、小学生らしい願い事、という条件をクリアするために何分も悩んだ。
余談だが、同じく中身が小学生ではない灰原はどうするのかと思ったら、彼女は一瞬たりとて悩むことなく、「博士が痩せますように」と書いていた。
(見ないっつってたけど、たぶん見るよなぁ)
笹を片付けるのは蘭なのだ。
そもそも封をした手紙ではないのだから、見てはならないというほどのものでもない。
それならば適当に済ませてしまえばいいのだが、先ほどの蘭の言葉を考えると、なんだかそうしてはいけないような気がして、コナンはペンを持つ手を動かせなかった。
(うーん…)
コナンの願い事…というのも、また難しい。
時間の問題で、蘭は「コナン=新一」と知ることになるのだから、そのときに嘘になってしまうような願い事も書きたくない。
「…難問だぜ」
思わず呟いた。
小五郎がいたことを思い出して、はっと彼の様子を窺うが、テレビで放映されているナイター中継に夢中で聞いていない。
ほっと息を吐いて、コナンは改めて折り紙に視線を落とした。
真っ白なそれに向ける視線が、段々と睨むようなものになってしまう。
これではいけないと、コナンは一旦前かがみになっていた上体を起こし、ソファの背もたれに背を預けた。
頭の後ろで腕を組んで、天井を見上げる。
嘘ではなく真実で、けれども見られても構わないもの。
早くもとの姿に戻りたい
――書けるわけない。
見られたら思いっきり困る。
だが、今のコナンの脳裏にある一番の願いはそれだけだ。
早く戻りたい。
早く本当の姿で会いたい。
もう泣かせないように。
早くちゃんと、想いを…
(待て待て待てっ、何考えてんだ! とりあえず今はそうじゃない!)
ぶんぶんっとコナンは勢いよく頭を振った。
顔が熱い。たぶん、気のせいではなく、赤い。
「……はぁ……」
何をしているのだろう、自分は。
たかが短冊。
難しく考えすぎているのだろうか、と、コナンはカシカシと頭をかいた。
読まれてもわからなければいいだろうか。
例えば?
「……早く夏休みになってほしい」
ポツリと呟いた言葉に、今度は声が返ってきた。
「なんだぁ!? おまえ、そんな願い事する気なのか!?」
「へ!?」
振り向いたコナンに、小五郎がビールを煽りながら続ける。
「変わったガキかと思いきや、案外ふつーのガキの願いなんだなぁ」
「……」
小五郎は答えを期待していたわけではないようだ。
言うだけ言って、もう興味は目の前に野球に戻っている。
コナンはその様子を見てから、手元の短冊に視線を落とし、ふっと微笑んだ。
ペンを取る。
書き綴る言葉は、先ほど口にしたものと同じ。
江戸川コナンは、1学期の終了と同時に、転校することになっている。
2009.7.26 文月 優