夕焼け
さて。
目の前に青々と茂った笹がある。
ということは、当然――…
「はい、コナンくん!」
そう、短冊があるわけで。
「あ…あり、がとう…」
コナンは唸りそうになるのを慌てて隠した。
「お父さんはもう書いたのよ。園子のもあるし。」
「え、なんで園子ねーちゃんのがあるの?」
思わず尋ねたコナンに、蘭は苦笑混じりに答えた。
「この笹、今日園子にもらったんだけどね、もらったときには園子が書いた短冊が1枚ぶら下がってたのよ。たくさんの笹につけたほうが願いが叶う気がするって」
コナンは思いっきり呆れて、ハハハ…と乾いた笑い声を零した。
「欲張りすぎると全部叶わないんじゃないの?」
「だっ、大丈夫じゃない!?」
「…そうかなぁ」
本気で首を傾げるコナンに、蘭は少し困った顔をしていたが、やがてもう吊るしてしまったものは仕方がないと割り切ったようだ。
「ま、いっか」
カラリとした口調でそう呟いた。
「あ、元太くんや歩美ちゃん達にも来てもらえばよかったかなぁ? 明日じゃ遅いよね」
言って、首をかしげる。
コナンは、ひょいと肩をすくめた。
明らかに小学生らしくない仕草なのだが、やっている本人だけではなく、いまさら誰も違和感を覚えたりしない。
「あいつらは大丈夫だよ。さっき博士の家で短冊吊るしてたから。昼間学校でもやったし」
と、蘭は短く「あ、そうか」と呟いた。
コナンに降りてきた視線が、申し訳なさそうに見える。
「じゃあコナンくんも、今日…えっと、3回目になっちゃう?」
コナンは苦笑する。
「2回目、かな。博士の家ではやらなかったから」
「そうなの? どうする、やめておく?」
こういうとき、蘭は絶対に押し切らない。
(いや、絶対でもない…かもしれないけどな)
ただ、蘭の押しが強いか弱いか以前に、コナンにとっては残念そうな蘭の顔のほうが重要だ。
そんな顔をされて、じゃあ止めておく、と言えるくらいなら、今日一日蘭のことばかり考えて過ごしたりしないだろう。
「大丈夫、書くよ。違う願い事でもいいかなぁ?」
無邪気に首を傾げると、蘭はホッとしたように頷いた。
「どんな願い事?」
尋ねられて、コナンは言葉に詰まる。
咄嗟に「内緒!」と返して、ふと思いつき、続けた。
「蘭ねーちゃんは? 何を書いたの?」
見上げると、短冊はどれも高い場所に吊るしてあって、コナンからはうまく見えない。
気になるコナンがじっと見上げていると、蘭は、コナンの両目をその手でそっと覆った。
「だめ。 私も内緒!」
「えーっ、なのに僕にだけ聞くなんてずるいよ!」
「うーん…。そうね、ごめん。でも気になったんだもん」
蘭はコナンの視界を覆っていた手を離し、気まずそうにしながらも、コナンと視線を合わせた。
「ごめんね」
もう一度言われて、コナンは逆に慌ててしまった。
そんなに本気で蘭を責めたわけではない。
「いっいいけどっ」
ぶんぶんと首を振ると、蘭はほっと息を吐く。
安堵しながらも、残念そうな、どこか寂しそうな様子に、コナンは言葉を失くした。
蘭は、じっと見上げてくるコナンの視線に気づいたのか、すぐに明るく微笑む。
「でも、やっぱり残念だなぁ。コナンくん、あんまり自分のこと話してくれないんだもん」
それは軽い口調だったが、先ほどの表情と併せて考えれば、本音であることが容易に察せられた。
「僕? 話してない、かな?」
そんなことはないと思うのだけれど。
だが蘭は、うんうんと頷く。
「話してないよー。その日あったこととか、考えてることとか。聞くと…答えてくれるけど」
「そう…?」
コナンには特にそういった自覚がない。
だから、あいまいに首を傾げるしかできない。
蘭は、仕方がないなというように苦笑した。
「そうだなぁ、例えば誰かとケンカしたとか、学校で何かが上手くできた、とか」
「だ、だって、別にケンカしてないよ!?」
それに、学校で何かが…と言っても、中身は18歳なのだ。大抵のことは上手くできるに決まっているのだから、特に張り切って報告するほど印象的な出来事はそうそうない。
「うん。…そっかぁー」
なにやら蘭は一人で納得している。
なんとなく慌ててしまうコナンに、なんでもないよと微笑んで、蘭はずっと手にしていた1枚の短冊をコナンに渡した。
「ペンはお父さんに借りてね? 私、上に行ってご飯作ってるから」
「え、蘭っ…ねーちゃん…?」
振り向いた蘭は、今日はハンバーグだよ、と笑う。
その表情は、確かにまだ少し寂しそうではあるが、先ほどまでの楽しそうな様子が消えてしまったわけでもない。
コナンは、蘭の考えていることがわからなくて困惑する。
部屋を出ていく蘭を呼び止める言葉が、上手く思い浮かばなかった。
あ、あれ? 終わらない…(^^;)
ちまちまと細切れに、無駄に話数ばかりが増えていく…orz
いやいや、きっと進めることが肝心…!
2009.7.20 文月 優