夕焼け




夕方、コナンは少年探偵団の仲間に引っ張られて博士の家に連れ込まれ、用事があるからと言い訳して逃げ出した。
それでもかなりの時間を過ごしたので、空は青いながらも陽射しは随分と落ち着いたものとなっている。
コナンは、博士の家が見えないところまで来て、一度後ろを振り返ると、ほっとしたようにひとつため息を落とした。
彼らと過ごす時間を嫌だと思ったりはしない。
だからこうして逃げ出すのは申し訳ないと思うのだが、今日ばかりはどうにもできなかった。
気になって気になって仕方がないのだ。
今日何度目かの空を見上げ、数え切れないほど繰り返したため息をまたひとつ零す。
そういえば、哀などは抜け出そうと必死になっているコナンを見て愉快そうに笑っていた。
「くそっ」
思わず悪態をついてしまう。
(灰原め、なにが「大変ね」だよ…)
あれは、コナンの頭の中が蘭でいっぱいだと見透かした、妙にひっかかる笑顔だった。
言われた言葉よりも、からかうような眼差しが10倍語っていただろう。
思い返すと仏頂面になる。
だが、あのヤローと思う一方で、随分やわらかい表情をするようになったなと思うのだ。
組織が壊滅したからかもしれない。
まだもう少し、残党の駆除にかかるだろうが、それもさほど長い期間ではないだろう。
宮野志保やアポトキシン4869の存在を知るような中枢の人間は、逮捕されたか、または既に死亡している。
工藤新一と組織の関わりを知るものも同様だ。
そして、江戸川コナンと灰原哀を作り出したアポトキシン4869もまた、解明された。
「1年、か…」
たった、1年。
だが、とても長く、けっして忘れられない1年だった。
時は流れ、状況も変わった。
ずっとこのままではなく、ちゃんと変わっていくのだと実感したのは、ここ2ヵ月ほどのことだ。
もう、蘭たちの身にも危険はないだろう。
だから本当は、コナンの正体を明らかにすることにも、既に不都合はない。
不都合は――…。







いつもよりも足早に歩いて、コナンは毛利探偵事務所兼自宅に到着した。
見上げれば事務所の窓のブラインド越し、小五郎の後姿と思しき影が見える。
きっとまた、テレビでも見ながらビールを飲んでいるのだろう。
蘭は、3階の自宅だろうか。
コナンは、くしゃりと前髪を掴むと、意を決して階段へ踏み出した。



「ただいまー」
言えばすぐ、パタパタと足音が聞こえてくる。
「おかえり、コナンくん!」
出迎えてくれた蘭は、いつものようにまたキッチンに戻っていくのかと思ったら、その場所に留まってコナンをせかした。
「待ってたの! ね、早くランドセル置いておいでよ」
「え?」
蘭は、朝と同様に楽しそうににこにこしていた。
(まだ……?)
本当に何が原因なのだろうか。
コナンが首を傾げている間にも、蘭に背中を押されて小五郎とコナンの部屋に押し込められた。
言われた通り、ランドセルだけを置いてすぐに部屋を出る。
と、待ち構えていた蘭は、コナンの手を取って3階の玄関を出た。
「どこ行くの、蘭ねーちゃん?」
尋ねると、答えを聞くよりも早く、蘭は足を止めた。
目の前のドアを指で示して微笑む。
「事・務・所」
弾むように言って、心持ち身を屈め、声を潜めて、
「いい?」
と、コナンに囁いた。
「う、うん…?」
頷いたコナンに、よし、と笑う。
何をそんなにもったいぶっているのかと不思議がるコナンを気にした様子もなく、蘭はドアノブに手を掛けた。
「ふふふ、じゃあ、せぇの!」

――ガチャ!

「うお!?」
勢いよく開かれた扉。
聞こえたのは、小五郎が驚いた声だ。
そして、先に入った蘭が示す先。
コナンは思わずぽかりとしてしまった。
「これ……」
すぐにわかった。
蘭がご機嫌だったのは、これが原因だ。
(とはいえ、なんでだ? 去年はこれだって、鬼門のひとつだったのに…)
これとは、笹――だ。
かなりしっかりした幹の笹が1本、部屋のど真ん中に置かれていた。
よく見ると支柱まであり、寄りかかる場所のない笹を支えている。

「じゃじゃん!」

コナンが笹を目にしてから大分経ったタイミングで、蘭はそう言った。
コナンは思わず内心でずっこける。
(おいおい、タイミングおかしくねーか!?)
…いつものことだが。
おかげで我に返ったコナンは、蘭を見て、
「びっくりした」
と告げる。
「でしょ、でしょ?」
そう言って、蘭はとても満足そうに笑った。






とりあえず、無事に続いた。よかった。
でも終わらなかった(^^;)。もうすこし。


2009.7.19 文月 優
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