夕焼け




「おはよう。ねぇコナンくん、今日何の日か知ってる?」
居候している小五郎の部屋から出てきて早々。
顔を見るなりそんなことを言われて、コナンは一瞬面食らい、思わず表情を取り繕うことなく苦笑してしまった。
「おはよう、蘭ねーちゃん。知ってるよ。七夕でしょう?」
「あたり!」
にこりと笑う蘭は楽しそうだ。
テーブルにつこうと近づいたコナンと入れ違いに立ち上がって、キッチンへと入っていった。
「あ、折り紙、そこに置いておいたよー」
キッチンから掛けられる声を聞きながら、コナンはそれを手に取る。
正方形の幾枚かの紙が、薄いビニールに包まれたもの。
「学校で七夕の飾りを作るのよね、それ?」
「うん、そう。ありがとう、蘭ねーちゃん」
答えて、そうか、とコナンは納得した。
これがあったから、朝一番に「何の日か知ってる?」だったのだろう。
手に取った折り紙のパックを裏返せば、折鶴の折り方が書いてある。
昔、あんなに身近だったものが、なんだかとても懐かしい。
しげしげと眺めていると、蘭が戻ってきた。
「折り鶴ね。コナンくんは作れる?」
ほかほかと湯気を立てる朝ごはんが並べられていくのを見て、コナンは一旦折り紙を机に置いた。
「うーん…たぶん。しばらく折ってないから、わかんないけど…」
「そうなの? そういえば、私も折り紙、随分触ってない気がするなぁ」
高校生になってしまうと、それこそ学校行事でもない限りは縁がなくなってくる。
おそらく最後に触ったのは、蘭と同じときだろう。
だが、そうと言うわけにもいかず、コナンは「ふぅん」とだけつぶやいて、座布団に座りなおした。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
いつも通りの挨拶をして、お碗を手に取る。
お味噌汁を飲みながら、お椀越しに上目遣いに窺った蘭は、やはりどこか楽しそうな気配を漂わせて、コナンを見て微笑んだ。
「……?」







「…なんだったんだ?」
コナンがそう呟きを零したのは、毛利探偵事務所の前の道端だった。
大きなランドセルを背負って、蘭が歩いていった方向を振り返る。
今日はポニーテールだ。
弾むように揺れるその髪が、蘭の気分をそのまま表しているようで、コナンはもう一度首を傾げた。
機嫌がいい理由がわからない。
(うーん……)
腕を組んで悩んでみるが、七夕が関係あるのか? 程度しか思い浮かばなかった。
とりあえず、いつまでもぼーっと立っていると学校に遅刻する。
足だけを動かしながら、コナンは悩んだ。
信号などを無意識に確認しながら通り過ぎる。
(七夕、ねぇ…。それがあの機嫌の良さの原因とは思えねーんだよなぁ)
思い出すのは去年の七夕。
コナンになって、最初の。
「…そう、か…」
コナンは、赤信号で立ち止まったその場所で、空を仰いだ。
1年前と同じ、空の高さ。
いつのまにか、1年以上の時が流れている。


去年の七夕は土曜日だった。







蘭は、朝から空ばかり見上げていた。
朝なのに暗い空。灰色の雲ばかりの空だった。
ニュースキャスターが、七夕ですねと会話する。

――あいにくの曇り空ですが
――そうですね。織姫と彦星は会えるのでしょうか
――夕方から夜にかけての降水確率は……

寂しそうに揺れる目。
ずっと空を見ているけれど、きっとニュースは聞こえていると思った。
それ以上見ていられなくて、コナンは声を掛けた。
その日はずっと…、おそらく学校にいる間も、帰ってきて自室に入ってからも、蘭はきっと空ばかり見ていたはずだ。
窓辺で、頬に涙の後を残して眠ってしまうまで、ずっと。
何を想っているのかなんて、考えるまでもなかった。
痛いほどよくわかって、だけど何もできなかった。
何も、電話一本さえ。
そんな日が、楽しい日だったはずがない。







信号が青になって、コナンは歩き出す。
今日は、真っ白な雲が軽やかに浮いている快晴だ。

「……う〜ん……」

やっぱり、わからなかった。
その日コナンは、何度も何度も空を見上げた。
答えを探して、何度も。
雲さえなくなった、ただ青いだけの空を。
まるで、去年の蘭のように。





七夕はもう10日ほど前に過ぎております。
わかっています、はい…orz
イベントものの話は苦手なのですが、七夕は好きなんだなぁ、と最近自覚しました。
続く…か、続かないか……続けたい、のですが…
ってか、続かないとタイトルが合わないよ…(−−) ←まだ朝だよ!(爆)

続きました(笑)2009.7.19


2009.7.18 文月 優
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