出逢えたから

<file15>

気がついたのは、耳元で聞こえる話し声のせい。
全身を覆うだるさに身を任せたままで、新一は聴覚だけを働かせる。

「大丈夫かしら、新ちゃん。」
「大丈夫さ。医者ももう心配ないと言っていただろう?」
(・・・母さんたち?来てんのか。)
「新一・・・。」
「蘭ちゃんも、そんな顔していたら、新一が起きたときに泣いてしまうよ?」
(おいおい、誰が泣くって?)
「でも・・・新一、わたしをかばって・・・。」
(・・・ったく、んなこと気にしてんのか。いいんだよ、かばえたんだから。)
「いいのよ、蘭ちゃん。新ちゃん、あなたより大切なものなんてないんだもの。」
(・・・)
「そうだよ、蘭ちゃん。男にとってね、大切な人を守れるなら、怪我なんてなんでもないんだよ。むしろそれで守りきれるなら、うれしいくらいさ。ねぇ、小五郎さん?」
(お、おっちゃんまでいんのか?)
「ああ、そうですな・・・。」
「おや、その顔ですと、もし蘭ちゃんに怪我でもさせていたら、新一は蘭ちゃんをもらえなくなっていたかもしれませんな。」
「あらー、新ちゃん、守れてよかったわねー。でも蘭ちゃんを守れないようじゃ、わたしの子じゃないわね。」
(・・・また勝手なことを・・・。)
「それはわたしの子でもないな。はっはっ!まー、こうして蘭ちゃんを泣かせているようじゃ、新一もまだまだだね。」
(・・・。)
「怪我をさせなかったというところだけいただいて、及第点といったところかな。」

「・・・勝手なこと言ってんじゃねえよ。」

「新一!?」
ようやく目を開けた新一の視界に、一番に飛び込んできたのは、蘭の顔。
体を起こそうとして、腹部に鈍い痛みを感じる。
「気がついたようだね、・・・起きあがらない方がいい。」
「父さん。」
次に視界に現れた優作は、うなずくと、とたんに意地の悪い笑みを浮かべる。
「ところで、勝手なことと言うが・・・、君はこの蘭くんの顔を見てもそう言えるのかな、新一くん?」
「・・・」
この・・というのは、泣きはらした跡のある表情を言うのだろう。
目はまだ充血し、頬にも涙の筋が残ったままだ。
「新一、大丈夫?」
蘭は、その瞳に垣間見た恐怖の名残を残して、新一を覗き込んでいる。
(・・・確かに、言えねーな。)
くやしいけれど、こんな顔をさせてしまったら。
怪我をさせなかったというだけで自己満足していた自分は、優作の言う通りまだまだなんだとよくわかる。
蘭に怪我をさせなかたのは、最低条件を満たしただけ。
「・・・大丈夫だよ。ごめんな、蘭。」
「・・・そう。良かった。」
新一が笑顔で返すと、蘭はようやく笑顔になった。
「ありがとう、新一。」
いつになく綺麗に微笑んだ蘭を見て、その笑顔をなくさなくて良かったと、新一は心底安堵する。
しかし、それと同時に、あのときに感じた恐怖がまざまざと思い出されて、布団の中でぎゅっと手を握り締めた。
肩に感じる痛みが、いつも危険と隣り合わせにある自分自身を自覚させる。
・・・人の恨みを買っているのだと。いつ狙われても不思議じゃないのだと。
そして、そのターゲットは、新一本人とは限らないのだ・・・と。
思わずため息が零れそうになるのをこらえて、新一は優作のほうへと顔を向けた。
「なんで帰ってきてんだよ?」
すると新一の視界に、にょきっと別の顔が出てきた。
「ごあいさつねー、新ちゃん。心配して帰って来たに決まってるでしょ!」
そう言った有希子の言葉に真面目な顔でうなずく優作の態度が、妙にうそくさい。
ははは・・・と、新一は乾いた笑いを漏らして。
「すぐわかるようなウソついてんじゃねーよ。どーせまた編集巻いて来たんだろ?」
そう言った言葉に、
「何を言うんだ、新一。君は、最愛の息子が撃たれたと聞いて飛んできた私達の愛情を疑うのかい?」
にっこりと、これまた演技じみた表情で優作が返した。
「よっく言うぜ。以前撃たれたときは電話一つ寄越さなかったくせに・・・・・・・・・・あ。」
優作をジト目でにらみつつ、呆れかえってそう言ってしまってから、新一はようやく口を滑らせたことに気づいた。
(やべー・・・おっちゃん・・・。)
以前撃たれたのはコナンだったときで、小五郎はコナンが新一だったことは知らない。
そしておそらく、それ以外に新一が撃たれたことがないのは知っているだろう・・・。そんなことがあれば、蘭が騒ぐだろうから。
たったひと言で、小五郎が全てに気づくとも思えなかったが、後ろめたい思いに、新一はおそるおそる、小五郎の様子を伺った。
さっきから何も話さずに、壁にもたれていた小五郎は、横になっている新一の視界の隅にしか捕らえられない。
そんな新一に、優作は、いいものを見たと言わんばかりのおもしろそうな顔で新一の視界を遮って。
「まだまだだね、新一くん。探偵失格かな?」
そう言ってわざとらしく微笑んでみせる。
新一はおもしろくないという表情で、それをにらみ返した。
くすくすくす・・と、聞こえてきた笑い声は、有希子と・・・そして蘭。
(なんで蘭まで笑ってんだよ・・・)
ますます憮然とした新一を、蘭が覗き込んでいたずらっぽく笑った。
「あのね、新一。お父さんに話しちゃったんだ。・・・ごめんね。」
「え・・・」
新一は言われたことがわからずに固まる。
蘭の言葉を頭の中で反芻した。
(え、話したって・・・・・・・・・・・え?・・・マジ?)
コナンの正体を、か?
目で蘭に問い掛けると、蘭はますます笑いを大きくしながらうなずいた。
「うん、そう。だって、・・・ここ。」
そう言って指差されたのは、左の脇腹。
コナンだったときに撃たれた銃創があるところ。
「これ見て、気づかれちゃったんだもん。しょうがないよね?」
(しょうがないって・・・まじかよー・・・。)
新一は唖然として、その後脱力感に襲われた。
そして、すでにはっきりと声に出して笑い転げている有希子を、他人事だと思いやがって・・・と睨みつける。
恐ろしくて小五郎の方など見られない。
と、その新一の考えを読んだかのように、優作が新一に告げた。
「まあ、そういうわけだから、小五郎さんと少し話しなさい。」
くっくっくっ・・と、しっかり笑いながら、
「私達はこれで帰るから。がんばるんだぞ、新一。」
しっかりとウインクまでつけて。
「ああ、蘭ちゃんも一緒に連れて帰ってあげるから、ありがたく思うんだね。」
余計なひと言も忘れずに加えて。
「じゃ、また明日来るから。では蘭ちゃん、私達が送ろう。」
言いたいことだけ言うと、有希子と蘭を引き連れて、優作はとっとと帰っていった。



2000.7.31 ポチ

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