出逢えたから

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倒れていた男性は、新一が駆け寄ったときにはもう息がなかった。
被害者は、帝丹高校の教師で演劇部の顧問でもある杉山徹、33歳、既婚。
後頭部上方に陥没部があり、そこから出血していた。
凶器は、被害者のすぐ近くに落ちていて、バーベルにつける丸くて平たい重り。真ん中にバーを通すための穴が開いている形のもので、重さは30Kg。かなり長いテグスが結ばれている。
演劇部員の話によると、その重りが舞台の天井から落ちてきたらしい。
悲鳴はその直後に演劇部員があげたものということだった。
演劇部はその時間、卒業生を送る会の舞台練習をしていたらしい。
その時間に体育館にいた人間は、舞台に演劇部員と顧問。1階にバスケ部員とその顧問、それにコーチが2人。2階の武道場に空手部員とその顧問、そして、柔道部員とその顧問であった。
おそらく、事件後体育館から出たものはいないと思われる。
もっとも、初めから隠れていて、新一からは見えない非常口から出たものはいるかもしれないのだが。

新一が一通り現状を把握した頃、サイレン音と共にパトカーと救急車が到着した。
救急車には、事情を話し引き取ってもらう。
体育館の中で現場検証を始めた鑑識の方たちを見つめながら、新一は目暮警部と高木刑事に事件の概要を説明した。

一通り聞き終えた目暮警部が、困惑した顔を見せる。
「なるほど・・・。だいたいわかったが、そうするとこの事件は被害者個人を狙ったものではないのかね・・・?」
そう、それは新一も気になったことである。
演劇指導中の被害者に、狙って重りを落とすことが可能なのか・・・。
だがこれは、演劇部の生徒に話を聞いて、すぐに、確かに被害者が狙われたのだとわかった。
曰く。
「え、杉山先生がいつもいる位置?そんなのわからないわよ。ずっと同じところにいるわけじゃないんだし。」
「そうだよなー。おれ達のいる位置ならある程度決まってたりもするけど・・・。」
その言葉に新一が反応する。
「君たちの位置なら・・・?」
すると最初に答えてくれた、部長らしい元気な少女が再び口を挟む。
「ほら、演技するだいたいの場所が決められてるから・・・。立ち位置って言って、練習中は舞台に印をつけたりもしてるのよ。」
「印・・・?」
尋ねた目暮警部の言葉にも、少し離れたところから即座に返事が返る。
反応がいいのは、高校生名探偵工藤新一の推理現場に興味があるからだろうか。
「ほら、そことか、こっちにも。あ、重りが落ちてきたときは、高志がそこの立ち位置にいたよな?」
そこ・・・と指を指された場所は、重りが落下した場所のすぐ近く。
「ここか・・・?高志くんっていうのは・・・あ、君?」
尋ね返す新一の目が鋭くなる。
声をかけられた高志という少年は、まだ1年生らしく、新一に対して少し萎縮しているように見えた。
「はい、ぼくです。その場所に立って、杉山先生に指導を受けているときに、いきなり重りが落ちてきて・・・。」
その少年は、思い出したように身をすくめる。
すぐ隣にいたのだから当然だろう。一歩間違えば、自分が死んでいたかもしれないのだから。
「そうか・・。ありがとな。」
新一は、労わるように礼を言うと、再び部長達の方へ向き直った。
「あのさ、杉山先生が演技指導するときのくせとかって、ないかな?」
「くせ・・・?」
「なんかあったか?」
「え、さぁ?特には・・・。」
新一の質問に、演劇部員は顔を見合わせる。
そこで、結局新一の提案で、演劇部の人たちにはそれぞれの立ち位置で演技指導を受けている演技をしてもらうことになった。
それぞれが、先生を見上げたり返事を返す仕草をしたり、と適当に振舞う。
(なるほど・・・?)
欲しかった情報を得られたことに満足した新一は、全員の演技が終わるのを待って、確認のために口を開いた。
「杉山先生は、君たちの左側に立って演技指導をしていた・・・。違うかな?」
今の演技で先生がいると仮定して見上げる方向が、一人残らず左上だったのだ。
新一の言葉に、はっとしたように部員達が息をのむ。
最初に反応を返したのは部長の少女だった。
「そうよ・・・。そうだわ!確かにその通りよ!ねぇ?」
「ああ、そうだ。今気づいたけど・・いつもそうだった気がする。」
「・・・私も。」
「おれもそう思う・・・。」
口々に新一の考えを肯定する答えが返ってきた。
目暮警部が、新一の方を向いて大きくうなずく。
「そういうことか!わかったぞ、工藤くん。」
そう言う警部に、新一は小さくうなずいた。
立ち位置をある程度固定された部員。その必ず左側に立って演技指導をする被害者。
タイミングさえ間違わなければ、被害者を狙うことは可能だ。
そしてタイミングを計るためには、体育館の中にいる者でなければ無理・・・。
舞台の上は、窓の外からでは、舞台の袖が邪魔になってよく見えない。
(つまり、犯人はこの体育館の中にいる誰かってことだな・・・。)
新一は、体育館を見回す。50人はいる・・・。
(ここからどう絞るかな・・。)
とりあえず、仕掛けと動機、証拠を割り出さなければならない。
と、タイミングよく、鑑識の人が警部に声をかけた。
「警部、被害者を殺した仕掛けがわかりました。」
仕掛けは単純なもので、重りに結びつけたテグスを天井の梁を通して体育館の1階の窓際まで引き、固定しておいて、テグスを切ることで重りを落とすというものだった。
が、しかし、テグスが切られたと思われる場所を聞いて、新一は目を丸くする。
テグスは、窓の外まで引っ張られ、切られた場所はどう考えても体育館内からでは無理なところなのだ。
(そんなばかな・・・。フェイクか・・・?)
体育館の外で、誰でも通りすがりに切れてしまうような場所・・・。
切られたテグスの片側が、雨どいに結び付けられて30cmほどぶら下がっていた。
ぶら下がったテグスをじっと見つめて、新一は考える。
本当に、ここでテグスが切られたのだろうか・・・と。
テグスが通ったらしい窓枠には、それらしい跡がしっかりと残っていた。
(あれ・・・?この跡・・・)
新一の口元に笑みが浮かぶ。
そのまま他にも跡がないかを調べると、新一は満足したように体育館の中に戻った。
「新一?どこ行ってたのよ、探したんだから!」
園子と一緒にいた蘭が駆け寄ってくる。
「へ?・・・ああ、わりい。もうちっとかかるだろうから先に帰って・・・るわけにはいかねーのか。」
蘭と園子も、事件が起こったときこの体育館内にいたのだから。
苦笑いをした新一に、園子がなんだか偉そうに笑った。
「そういうこと!だから、早く解決してよ〜?新一くん。」
「へいへい、頑張ります。」
と、そこへ高木刑事が走ってきた。
「工藤くん、これ、被害者の履歴らしいんだけど・・・。」
そう言って一枚の紙を差し出す。
「あ、すみません。拝見します。」
受け取って、ざっとその紙を眺めた新一の目が、一瞬鋭くなる。
「高木刑事、ちょっと調べていただきたいんですが・・・いいですか?」
「え、ああ。なにをだい?」
「ここ・・・、転校してから一ヶ月もしていないのに、またすぐ転校していますよね。ご両親の仕事の関係とも思えないし・・・気になるんです。」
指を指すと、なぜか蘭と園子まで覗き込んでいる。
「当時、この地域で事件がなかったかとか、このときのクラスの名簿とか・・・そういうのを一応ですが・・・。」
「ああ、わかった。調べてみよう。少し時間がかかるかもしれないけど・・・。」
「すみません、お願いします。」
そのまま、体育館を出ていく高木刑事を見送る。
と、覗き込んでいた園子が面白そうに声をあげた。
「へぇー、杉山先生ってハンググライダーやるんだ。キッド様と同じじゃない!!」
「・・・園子ったら」
呆れた蘭の口調に、新一もまたかと思ったが、次の言葉に表情が変わった。
「えー、いいじゃない?そういえば、この学校だと秋田先生もやるのよね、ハンググライダー。歳も杉山先生と同じくらいだし、一緒に出かけたりもするのかしらねぇ。」
新一は園子から履歴書を奪い返すと、2人をその場に残して目暮警部のところへ向かう。
「警部、すみませんが秋田先生の履歴書も拝見したいんですが・・・。」
いきなりの言葉に、警部が驚いて新一を見返す。
「秋田先生?・・・どうしてかね?」
「秋田先生はそちらにいらっしゃるバスケ部の顧問の先生です。ちょっと気になることがあって・・・。」
言葉を濁した新一に、何かを期待した警部はすぐに部下に履歴を調べるように命令した。
再び新一の方に向き直って、警部が尋ねる。
「どのくらいわかったんだね、工藤くん。」
「いえ、まだなんとも・・・。可能性の段階でしかないんで・・・。あ、警部、仕掛けがされたのがいつか、わかりました?」
反対に尋ね返した新一に、嫌な顔ひとつせずに目暮警部は答える。
「えーと、一週間前に演劇部の生徒が舞台上に上ったらしいんだが、そのときにはなにもなかったらしい。その後はわからんな。舞台上に上った者がおらんようだから・・・。」
「そうですか。どうも・・・。」
考え込むように答えて、そこから離れようとした新一に、
「工藤くん、私の履歴が知りたいとか?」
後ろから、秋田先生が刑事を連れて声をかけてきた。
「あ、秋田先生。」
振り返った新一は、無邪気な笑顔で答える。
「僕は疑われているのかな?」
その探るような目にも、まったく気づかないといったように、新一は笑顔を崩さない。
秋田先生の問いを肯定も否定もせず、新一はにこっと笑う。
「参考ですよ。ご協力いただけませんか?」
そう言うと、秋田先生は一瞬だけその目に険を含ませた。
が、おそらく新一以外の誰も気づかないうちに、和やかな表情にもどる。
「我が校の名探偵の頼みじゃ、断れないね。」
それを聞いた目暮警部が、すかさず刑事を動かす。
新一は走っていく刑事を見送って、目暮警部に目で合図を送り、
「すみませんが、少し話をうかがわせていただけますかな?」
警部がそう言ったのを確認すると、ゆっくりとそこから離れた。



う〜〜〜・・・。
事件編を読んでて楽しいものに書くって・・・私には無理だと悟りました。
とてもできませんねー。はは・・・(^^;)。
2000.7.22 ポチ

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