出逢えたから

<file08>

(・・・またため息ついてる・・・。)
学校からの帰り道、蘭は、隣を歩く新一を盗み見る。
この一週間、新一はため息ばっかりついている。
それも日増しに回数が増えて、蘭の話や授業中などに上の空でいることが多くなっていた。
どうしたの?と聞いても、『ん?』とか『ああ・・』とか、そんな半端な反応が返ってくるだけで、まともに答えてくれない。
そのあげくに『なんでもねーよ』なんて言われた日には、空手でのしてやろうかと思ってしまう。
なんでもないことで、新一がこんな風になるわけない。
今だって、話の途中で蘭が口を閉ざしたというのに、新一はまるで気づいていない。
どれだけ生返事をしていたか、ばればれである。
ふぅ・・・と、最近は蘭の口からもため息が出るようになってしまった。
すると、ふっと新一が顔を上げた。
「・・・どうしたの?」
聞くと、新一は心配そうな目を向けてくる。
「おめーがため息なんて、めずらしいよな。・・・なんかあったのか?」
「・・・・・・」
思わず言葉をなくす蘭。
目を丸くして、新一を見つめてしまう。
うっかりするとぽかんと口を開けてしまいそうだ。
「蘭?」
新一は、ますます心配そうな顔をして蘭を覗き込んでくる。
新一の気遣いに喜ぶべきなのか、その鈍感さに怒るべきなのか・・・。
「蘭?なにかあったんなら言えよ?」
(そっ、それはあんたでしょー!?)
ほんとに、新一には呆れてしまう。
「な・ん・で・も・な・い・わ・よ!」
なんだかやっぱり頭にきたので、ひと言ひと言しっかり区切って返事を返してやった。
新一は、なんで蘭がそんな態度をとるのかまるでわからないらしく、きょとんとしている。
蘭は、心の中で、今までで最大のため息をついた。
(なーんでこんなに鈍感なのよ・・・。)
自分のことより相手のことが気になるのは、自分だけだと思っているのだろうか。
(私も同じだって、思わないわけ?・・・話してくれたっていいじゃない・・・。)
ついついジト目で、新一をにらんでしまう蘭だった。


土曜日で、まだ3時過ぎという早めの時間だったこともあり、蘭は一旦家に戻って着替えてから新一の家へ遊びに出向く。
新一の家のチャイムを鳴らして、新一が顔を出すのを待っていると、郵便小包を届けに来た職員と鉢合わせた。
「蘭?」
「あ、新一、小包だって。印鑑持ってきて。」
「あ?・・・おぅ。」
一度引っ込んで、印鑑を持って門まで歩いてくる新一。まだ制服姿である。
「どうも、ご苦労様です。」
礼儀正しく挨拶をする新一は、どことなく育ちの良さを感じさせる。
新一が郵便職員の人と応対する間、蘭は新一に見惚れていた。
普段は別にどこにでもいるような高校生なのに、大人の人を相手にするとき新一はとても大きく見える。
目暮警部のように、わりと親しい人の場合はそうでもないが。
例えば探偵をしているときや、パーティーに出席したとき、特にその傾向は顕著で、誰にも引けを取らずに堂々と立ち振る舞う新一は、気障だとからかったりしていてもやっぱり様になっていて、蘭はとてもかっこいいと思ってしまうのだ。
「蘭?どうした?」
呼ばれてはっとすると、とっくに帰ったらしい郵便職員から受け取った小包を抱えて、新一が玄関の扉のところに立っている。
見惚れていたはずの対象物が、移動していることに気づかなかった自分に苦笑いが洩れる。
どうやらいつのまにか、意識が目の前にいた新一から、自分の頭の中の新一へと移ってしまっていたらしい。
「早く来いよ。」
「あ、ごめん。」
蘭は慌てて門を閉めると、新一に駆け寄った。
「それ、なに?」
家に上がり、コートを脱ぎながら新一の持つ小包を指差す。
「ん?・・・あ、父さん達からみたいだな。留学の資料、頼んでたんだ。」
「ふ〜ん♪」
思わずニコニコしてしまう蘭に、新一は不思議そうな顔を見せた。
「・・・なんだよ?」
その反応にますます笑ってしまう蘭。
「べっつにぃ。私にも見せてね?」
「・・・ああ?」
クスクスと笑いが止まらない。
(新一は、どんな反応するかなぁ?)
「・・・おい?」
「ん?いいから、新一着替えておいでよ!それでこれ開けよ?」
不審がる新一を追い立てて、蘭は新一から小包を受け取ると、とっととリビングに向かった。



「・・・・・・」
小包を開けて、中から資料を取り出していた新一の手が止まる。
隣で覗き込んでいた蘭は、顔がにやけてしまうのを抑えられない。
まるで新一の頭の周りをクエスチョンマークが飛び交っているのが見えるようだ。
新一は、再びごそごそと小包の中身を確認しだす。
(何度確認したって、入っているものは変わらないのにね。)
でも、おもしろいから・・・何も言わずにその様子を眺めている蘭。
そしてまた手を止めて、考え込んでいた新一があきらめたように顔を上げた。
瞬間、蘭と目が合う。
にやけた蘭の表情に、新一が唖然とするのを見て、蘭は満足した。
「・・・おめー、何知ってやがる?」
「えへへ〜っ。」
にぃっこり笑って、新一を見つめ返すと、新一が少し頬を赤くしたのがわかった。
(・・・あれ?)
その原因がわかる前に、新一の声がかぶさる。
「なんでこれ、全部2組ずつあんだよ!?」
ふてくされたような新一の態度に、蘭はとうとう声に出して笑ってしまった。
「なんだよ、笑ってねーで教えろよ・・・。」
ますますふくれる新一に、これ以上いじめてはかわいそうかな、と、蘭は笑いを収めてにこっと笑った。
「じ・つ・は!1組は私の分なのよ♪」
「なっ・・」
「私のなの!私もね、新一と一緒に行こうと思って。」
「・・・な・・にぃ〜!?」
すっとんきょうな声をあげて固まった新一を見つめ、蘭は楽しくてたまらない。
「あのね、先週新一から留学の話を聞いたあと、すぐにお母さんに相談したの。そうしたら、お母さんが新一のお母さんに連絡してくれてね?新一の分と一緒に留学の資料送ってくれるって。」
「・・・。」
「一緒に行くから・・・。いいでしょ?」
新一?・・・と覗き込んでくる蘭に、ようやく新一の思考が戻ってくる。
(いっしょに・・・来る?蘭が?)
「・・・ロスに?」
まだ少し呆然として問い掛ければ、そうよ、と、すぐさま答えが返ってきた。
「なんで・・・?」
「もう離れたくないもん。・・・なによ、いやなの?」
すっと、蘭の顔から笑顔が消える。
それに慌てる新一。
「い、いや、そうじゃなくてっ」
「じゃー、いいのよね?」
「ちょ、ちょっと待てって!」
蘭の前に両手を向けて、新一は思わず逃げ腰になりながらも会話を止める。
そうして腕を下ろすと、新一は落ち着こうとひと呼吸おいて、改めて、隣に座る蘭に向き直った。



2000.7.12 ポチ

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