出逢えたから

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留学、しようと思っていた。
高校を卒業したら、父さん達のいるロスの大学へ。
「どーすっかなぁー。」
なんてぼやきながら、部屋に鞄を置いて、腹減ったな・・・と台所へ降りる。
牛乳をグラスに注いで、一気に飲み干してからもう一度注ぎ直す。
冷凍庫からシチューの残りを出してレンジへ放り込むと、テーブルにあったロールパンに手を伸ばした。

将来の進路・・・。
先のことなら決まっている。探偵をしていくこと。
じゃあそのために今できることは、というと、やっぱり留学がベストなのだ。
日本より犯罪学が発達しているし。
なにより雑学が必要な職業だから、文系理系と分けられる日本の大学では、学びたいことの半分しか学べない。
アメリカなら、文理の区別なく興味の対象となる分野を選んで学習できる。
技術的なライセンスを取るにも、日本より環境が整っているし・・・。

チンとなったレンジからシチューを取り出して、パンにつけながらぼんやりと考える。

引っかかるのは1つ。蘭のことだ。
「1つったってなぁー、それが一番問題なんだよ・・・。」
ふぅ、とため息をついて。
きっとあいつ、また離れることになるなんて考えてもいないんだろーなー、と蘭を思い浮かべる。
新一だって、離れたくなんかない。
蘭にだって、もうあんな思いはさせたくないのだ。
だけど、それなら東京の大学に行くのか?というと、それもなにか違う気がした。
そこでは物足りないから留学を考えるのだ。妥協したら、きっと後悔する。
(究極の選択ってか?・・・んなもん、経験したくねーぞ・・・。)
東京なら、蘭がいる。だけど、探偵としての成長は、今いち望めない・・・。
ロスならそれができるけど、・・・蘭がいない。
(はぁ・・・。)
本当はわかっているのだ。
結局自分は、ロスへ留学すると決めているのだと。
過去を見ても、未来を見ても、そうするべきだと思う。
コナンのときのように、自分の無力さを悔やむのは2度とごめんだ。
誰に対してでも自分を認めさせることができる、どんな事態になっても自力で対処できる、それだけの力が欲しい。
そして、蘭を泣かせない・・・幸せにしてやれるだけの力が。
でも、また待っててくれなんて・・・。
「どんな顔して言えっていうんだよ・・・。」
はぁー・・・と、思いっきりため息をついて。
考えるだけで、新一は頭を抱えてしまうのだった。

ピンポーン・・・。

玄関のチャイムが、のーてんきに鳴った。
「あん?」
気が付けば、部屋はもう薄暗い。
考え事をしているうちに、結構時間が経っていたらしい。
リビングの窓から覗くと、外の門のところに蘭がいた。
「らーん!」
窓を開けてそこから呼ぶと、蘭が気が付いたらしく、自分で門を開けて入ってくる。
手にはスーパーの買い物袋。
どうやら夕飯を作ってくれる気らしい。
玄関のドアを開けて、蘭を出迎える。
「夕飯、作ってくれんの?」
「うん、そう。まだでしょ?」
にこっと笑って答える蘭がかわいい。
蘭は、新一の前を通り過ぎると、自分の家のようにすたすた歩いて台所に入っていった。
「しんいちー、こんな時間まで電気もつけずに何してたのよ?」
「あー?別になんも・・・。」
「あれ、パン食べたの?夕飯、もう少し後のほうがいい?」
さっき食べていた皿を見つけたのだろう、蘭の顔がリビング&ダイニングと台所を区切っているカウンター越しにのぞく。
「ん?別にいいよ、今で。おっちゃんのご飯、まだなんだろ?」
カウンターん前のイスに腰掛けて、スーパーの袋からごそごそといろいろ取り出している蘭をなんとなく眺める。
「お父さん、今日もマージャンだって!だから私もこっちで食べようと思ってたんだけど・・・。」
「じゃあ蘭が食べたいときでいいよ。」
「そう?なら、もう少し後にしようか。」
「ああ。」
台所に並べた夕飯の材料を、冷蔵庫にしまいながら、蘭がこちらを振り向く。
と、呆れた顔で笑った。
「新一、制服。」
「あ、いけね。」
もう学校から帰ってから何時間か経つというのに、新一はまだ制服のままだったのだ。
「着替えてくる。」
そういえば暖房もつけてなかったな、とエアコンのスイッチを入れてからリビングを出る。
「まったく、ほんとになにやってたんだか・・・。」
そんな蘭の声が追いかけてきた。



少しずつ・・・。
2000.6.22 ポチ

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