出逢えたから

<file03>

「ねぇ新一、ほんとはもう、進路決まってるんじゃないの?」
昼間新一が誤魔化したはずの話を、唐突に蘭が持ち出してきたのは、夕飯も食べ終わって、テレビを見ながらゴロゴロしていたときだった。
ソファに寝そべっている新一をじぃっと見つめて、蘭が正面のソファに座りなおす。
それにつられて新一も体を起こして、ちょっと後悔した。
(しまった、話し合う体制になっちまった・・・。)
今、話そうか・・・?
まだ迷いはあるとはいえ、結論は出ているのだ。
話すのは早いほうがいい・・・と思う。
が、しかし、今いち踏み切れない。
・・・落ち込ませるのがわかってるから。
でも、もう2年生の3月。
進路を隠せる時期ではないだろう。
新一が言わなくても、学校などで周囲から耳に入ってしまう可能性も出てくる。
(やっぱ、おれの口から話すべきだよな・・・。)
「新一?」
まっすぐに視線を向けてくる蘭を、一瞬見返して、よし、話そう!・・・と決めた。

「おれさ。」
「・・・うん?」
蘭の瞳が、不安そうに揺れる。
「留学、しようと思ってるんだ。」
「え・・・?」
「父さん達のいる、ロスの大学に・・・。」
「・・・。」
「・・・蘭?」
新一は、俯いて黙ってしまった蘭に、何を言っていいのかわからずに、名前を呼ぶ。
呼ばれた蘭は、それを音としてしか認識していなかった。
思考が働かない。
(新一が、留学・・・?)
また、いなくなるってこと・・・?
「・・・何のために、行くの?」
ポツリ、と、出てきた言葉はそのひと言。
泣き出すわけでもなく呆然と呟かれた言葉に、新一は戸惑いながらも答えた。
探偵としての、知識と技術が欲しいから・・・と。
それしか言えなかった。
もう蘭を泣かせたくないんだ、とか。守りたいから、とか。
・・・幸せにしたいから・・・とか。
少しずつ瞳を潤ませながら、だけど泣き出さない蘭を見てたら、何も・・・。
「・・・ごめん。」
「あやまらなくていいよ。」
こぼれた言葉を、即座に否定されて、新一は戸惑って蘭を見る。
それに答えて、蘭が少しだけ微笑んだ。
ほんとに、いいんだよ、という気持ちを込めて。
まだ呆然としていたけれど、それは本心だから。
新一が、やりたいことなら。
新一にとって、プラスになることなら。
(私に止められるわけ、ないじゃない・・・?)
止めたいとも、思っていない。
やりたいことは、やってほしい。
けれども。
私は、新一の決断をただ受け入れて、見ていることしか、待っていることしか、できないの・・・?
そう思うとくやしくて、
「どのくらい・・・行くの?」
そう尋ねる声が、どうしようもなく震えた。
泣くもんか、と、蘭は唇を噛み締める。
泣いたら新一が、きっと、もっとつらくなる。
新一は、ただ静かにその問いに答えた。
「わからないけど・・・、4年か5年か・・・もっとかもしれない。」
蘭が肩を震わせる。
新一は、今すぐ蘭を抱きしめたいと思うのを抑えて、そのまま言葉を繋げる。
自分のせいで泣きそうで、自分のために泣かずにいる、その蘭に触れていいのかわからなかった。
「欲しい知識と技術と、経験。できる限り手に入れるまでは向こうにいるつもりなんだ・・・。」
「・・・そう。」
そう答えた蘭は、瞳に溜めた涙をこぼさないように、それでも口元だけは微笑もうとする。
痛々しくて、見ていられない。
さっきは泣き顔を見るのがつらいと思っていたけれど、今は泣いてほしいとさえ思ってしまって・・・。
新一は、蘭との間にあるテーブルを廻って、蘭の前の床に膝をつくと、蘭を覗き込んだ。
「蘭・・・?」
「・・・」
無言で見つめてくる蘭の頬に手を伸ばす。
そっと、包み込むように触れて、親指で浮かんだ涙を拭ったら、ようやく涙がこぼれた。
「・・・泣けよ。」
「・・・」
蘭の瞳が揺れる。
たったひと言なのに、どうしてこんなにやさしく響くのだろう・・・?
必死でこらえていた涙が、ぽろぽろとこぼれだしてしまう。
それでも蘭は、ぎゅっと目を閉じて、涙をこぼすまいとした。
泣いてしまったら、自分を支えられなくなる・・・。
「なあ、蘭?」
ここで泣くのを我慢して、・・・一人で部屋で泣くのか?
そんなこと、させられない。
「・・・泣いて、いいから。怒って、おれを責めていいから。・・・1人で・・・我慢するなよ・・・。」
その言葉に惹かれるようにして、蘭のきつく閉じたままの瞳から、次々と涙が溢れ出す。
「泣い、ても・・・おこ・・っても、行くんでしょ・・・?」
震えて、聞き取れないほどの言葉が、新一の心に突き刺さる。
それでも、蘭の涙を拭う手を止めずに、新一は続ける。
「ごめんな。なるべく早く、帰ってくるよ。おれ、頑張るから。」
コクン、と蘭がうなずく。
「休みのときも帰ってくる。蘭が来てもいいよ?」
・・・コクン。
「手紙も電話もちゃんとする。連絡先も知らせるよ。・・・コナンのときとは違うから・・・。」
蘭が話したいときに、連絡して来いよ。夜中でもいいから。
・・・一生懸命、蘭を覗き込んで。
一人じゃいられないときは、飛んでくるから。
黙って、我慢なんかしてんじゃねーぞ?
・・・紡ぐ言葉の中に、どうしても入れられずにいたひと言は、
「・・・待ってるからね。」
ひとしきり泣いた後に、蘭が、言ってくれた。
今度はちゃんと、瞳の奥まで微笑んで。
その微笑に引き寄せられるようにして、蘭の頬にキスをした。
ほんとは唇にしたかったけど。
初めてのキスを、こんなやりきれない気持ちでしたくなかったから・・・。
ほっぺたへのキスでもしっかり照れてしまって、かっこわりーと思いながら蘭を見たら、おれに負けないくらいに照れていた。
その様子がかわいくて、クスッと小さく笑うと、蘭がふくれる。
「・・・でも、待つのはやめるかもしれないよ?」
そう言った蘭に、冗談だろ?!・・・と、思わず隠しもせずに慌ててしまった。
そんなおれを見て、蘭はいたずらに成功したみたいにクスクス笑ったけれど、その瞳がどこか真剣で、新一は不安になる。
「・・・蘭?」
「うん?」
・・・冗談、だよな?・・・念を押して尋ねることもできずに困っていたら、蘭の方が念を押してきた。
「冗談じゃ、ないよ?」
「・・・。」
思わず固まったおれを、綺麗な笑顔で見つめ返して。
「待つのは、やめるかもしれない。でも、新一から離れたりはしないよ。絶対。」
まっすぐな瞳に見惚れて、まっすぐな言葉に戸惑った。
うれしい言葉だけど。
「・・・どういうことだよ?」
聞いても笑うだけで、蘭は答えてくれない。
相変わらずおれの推理力は、こいつにだけは働かないらしく、蘭を家に送ったあと何度考えても、結局その言葉の意味はわからなかった。



・・・なんかもー、暗いんだか、甘いんだか。
ちなみにキスシーン(?)って初めて書いた。恥ずかしい・・・。
2000.6.27 ポチ

BACK  MENU  NEXT