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Ladies and gentlemen!




 張り上げた声が、夜空に霧散する。
 弾けば高い音を立てるような、ぴんと張った緊張感は好きだった。
 今日の起点は、東京都区内のはずれにある中層ビルの天辺。
 周囲に誰の姿も見えなくても、快斗はショーの開始を宣言する。
 それは、快斗がキッドへと変わるために必要な、儀式にも似たものだった。ともすれば境界が曖昧になってしまいそうな、日常と非日常を隔てるためのものでもある。…日常を守るための、無意識の防衛線。
 白い衣装が、風にはためいた。
 屋上の周りに張り巡らされた金属製の手すりを軽く蹴り、快斗は重力に身を任せる。
 一気に落下してから羽を広げると、バンと大きな音を立てて、快斗の体は宙を滑り出した。
 どこにも囚われていない体は、あっという間に地上に煌く星の海を抜け、闇の中に切り込んでいく。ベッドタウンから少し外れた郊外の緩やかな山の中腹に、森に囲まれるようにして目的の屋敷は建っていた。
 郊外とはいえ、随分と大きな屋敷。山ごと屋敷の主の持ちものだ。
 あまり綺麗なお金で建てられたものではない。
 それが周知の事実でありながら、警察も手を出せないのは、やはりそれなりの地位と権力に守られてのことだった。
 快斗が獲物に定めた宝石も、盗品である。
 そんなわけで、警察を内部に入れたくない屋敷の主は、快斗が屋敷とは別に警視庁に直接送った予告状を見てやってきた中森に、予告状などもらっていないと言い張った。
「さーてと、警部は結局どうしたのっかなー?」
 ゆっくりと高度を下げながら見下ろせば、案の定追い返されたらしい中森が、屋敷の周囲に布陣を敷いている様子が見えた。
 快斗は高度を下げ、屋敷の屋根に直接降り立った。シンとした森の静寂が、屋敷を飲み込んでしまいそうだった。
 だが、中に居る者達が眠っているということは、まずないだろう。
 快斗は、屋根に着地すると同時に走り出す。
 窓からするりと屋敷に入り込むと、主の部屋へと真っ直ぐに駆けた。
 途中出くわした数人の警備員を適当に眠らせて、その懐を探る。
「…うわ、ぶっそー。」
 出てきたのは拳銃。
 どう見ても護身用には見えない銃身に、快斗は眉を顰めて眠っている警備員を見下ろす。
「いつか自分がこういうもんの餌食になるって、考えねーのかね。」
 一人呟いた。
 己も例外ではないと思いながら。
 と、階段を駆け上がってくる数人の足音がする。
 恐らく2Fのフロアに配備されていた者達だろう。
 フロアには、防弾ガラスのケースに収められた宝石が、いくつも輝いている。
 そこに、何一つ本物がないことなど、守っている者達も知らないのだろう。
 廊下に現れる影を待つことなく、快斗は目的の部屋へ向かう。
 廊下にはぜんまい仕掛けで動くダミーを残しておいた。
「うわっ!?」
「息を止めろ!」
「なんだこれは!!」
 快斗が一つフロアを上がった頃に、後ろで悲鳴が聞こえる。
 ダミーは、触ると弾けて睡眠ガスが出るようになっているので、そのためだろう。
 快斗は、目的のドアの前で、一度立ち止まった。
 腕を上げて、時計を見る。
 秒針がゆっくりと角度を変えている。
 声に出さずにカウントを取る。
 …3、…2、…1、


 ドォオオオオン!!


 大きな音を立て、屋敷の外、庭から森に向かって立て続けに爆発が起こった。
 一瞬、廊下の窓という窓から光が溢れて、廊下が明るく照らされる。
 横顔を照らされ、シルクハットの影を色濃く頬に落とした快斗だが、まだ部屋には踏み込まない。
 ようやくドアの向こう側に気配を感じて、快斗は一度ドアの前を離れ、階段の踊り場の奥の壁に、外に張り出すように作られた窓へと飛び移った。
 30センチほどの足場があり、窓は開閉できるタイプである。
 窓を開けると、快斗は煙が晴れようとしている庭に向かって、仕掛けていたライトを向けた。
 同時に窓に背を向けて、現れた気配へとトランプ銃を放つ。
 煙が晴れて、窓に浮かぶ怪盗の影に、内外の人々が、一瞬で目を奪われた。
 一番に我に返ったのは、内から怪盗を見ていた唯一の人間。
 その男の手に持たれた拳銃が、怪盗へと向けられる。
 快斗は、その銃口を見て、ニヤリと笑った。
 引き金に掛けられた指の動きにタイミングを合わせて、窓から一気に男の背後へと飛び移る。
 薬品を含んだ布を男の口元に当てると、男はあっけなくその肢体から力を失った。
 快斗は、その場で耳を澄まし、気配を探る。
 外の連中は、皆先程窓に映された影で、快斗の居場所を悟ったことだろう。それは、恐らく中森も同じで、彼なら既に屋敷内に踏み込んできていると思われる。
 対して、屋敷内は静かなものだった。
 階下に置いてきたキッド人形が、僅かに動いている音がする。そろそろ、睡眠ガスも落ち着いてきた頃のはずだ。
 快斗は一つ階を上がり、屋根裏部屋に当たる部屋の戸を開けた。
 暗闇でしかないそこには、なんの気配もない。
 床に積もっている埃は、本来あるべき量よりも随分と少なかった。
 今回、快斗が下準備をするにあたって、この部屋を活用したためだ。
 一度でも屋敷の誰かがこの扉の中を疑ったなら、キッドにここまで楽をさせることなどなかっただろう。
 だが、実際は誰もこの部屋に目を向けなかった。日頃から存在さえ忘れられているような部屋だ。当たり前といえばそうなのかもしれない。警察が警備に入っていたら、また違っただろうけれど。
 快斗は、足音を消して部屋へと踏み込む。
 真っ暗な闇の中、快斗が一点を足でつつくと、そこから細い光が零れる。階下の…屋敷の主がいる部屋から零れてくる光だ。先日の下見のときに、開けておいた穴である。
 快斗は膝をつき、様子を窺う。
 予想通り、屋敷の主は、窓からも扉からも遠い壁際に立っていた。窓の前に一人、扉の前に二人、警護と思しき男がいる。宝石は、主である男の手の中だ。
(…そんなに他人が信用できないのかねぇ。)
 快斗は、そっと身を起こす。
 数歩歩いて、立ち止まった。
(そろそろかな…。)
 下が騒々しくなってきていた。
 足音と共に、指示を飛ばす中森の声が近づいてくる。
 おそらく、あと数秒で、快斗が今見下ろしている部屋のドアを中森が叩くはず。
 快斗はタイミングを計りながら、自分がいる床の一角に丸く切り目を入れた。


 ダンダンダン!!
『警察です、開けてください! 郷田さん!』

 やがて激しく扉を叩く音と共に、聞きなれた中森の声が響く。
 名前を呼ばれた屋敷の主である郷田と、警備の3人の視線が扉に向けられた。
「誰だ、警察を屋敷に入れたのは…!」
 低く叫んだ郷田に答えるものはいない。
 郷田は舌打ちして、デスクに置いてある通信機を手に取った。
 だが、通信機はスイッチが入れられる前に音を立てて郷田の手からはじかれていた。
「なっ!?」
 とっさに通信機の行方を視線で追った郷田の目には、機械にザクリと刺さって火花を立てているトランプのカードが飛び込んでくる。
「これは…!」
 怪盗キッド!!
 …そう叫ぶ前に、2枚目のカードが郷田の胸ポケットを切り裂いた。
 そこから覗いたのは黒光りする拳銃。
 
『郷田さん!? こちらに怪盗キッドの侵入を確認しました! ヤツのターゲットは!?』

 中森の声は続いている。
 快斗は、郷田の視線がカードが飛んできた方向――天井へと向けられるよりも一瞬早く、切り目を入れた床を踏み抜いた。
 同時にボワンと辺りを包む煙。
「怪盗キッドか!?」
 郷田の叫び声に、扉の外の中森が反応する。
『なにぃ、怪盗キッドだと!? 中に居るんですか、郷田さん! 返事をしてください!』
 当然、郷田に答えられる余裕などない。
 中森は、警察の警備を徹底して拒んだこれまでの経緯から、郷田に返答する気がないと判断したのだろう。しびれを切らして叫んだ。
『失礼だが、開けさせてもらいますよ! おい、お前ら!』
 ドンッとドアに加わる振動に、さすがに郷田も慌てる。この部屋には、警察の目に触れさせるには都合の悪いものが多すぎた。
「入れさせるな!」
 指示をしたところで、警備の者が動きたくとも視界は奪われたままだ。
 そして扉には、強度が落ちるよう、快斗が数日前に細工を施していた。
 中森の部下の警官達だろう。数度の体当たりで、簡単に扉の蝶番がはじけ飛ぶ。
 一番近くに居た警備の者が、吹っ飛んだ扉の餌食になって鈍い音と共に倒れた。
 いくら屈強な男を揃えようと何も見えない煙の中では避けようもなかった。
 開いた扉から流れ出ていく煙。と同時に、逆になだれ込む警官達。
 やがて煙が薄れ、ぼんやりと視界がきくようになった室内には、中森を筆頭とする十数名の警察と郷田、そして怪盗キッドが三角形に対峙していた。







ここからが最近書いたもの。
なので、微妙に空気や文体が違うとゆー…えへv(−−;)
あ、とーぶん青子ちゃんが出てきません。おじさんと少年ばっかり。


2009.3.21 ふみづき ゆう

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