ノラ猫探し
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士官学校には一応食堂なるものが設置されている。
食べ盛りの男共を預かろうというのだから、食堂がなければ暴動が起こるに違いない。
その食堂に求められるのは、質より量。
そして軍隊予備校であるが故に、何よりも早さだった。
これで味が抜群なら驚嘆に値する。
当然そんな神様の忘れ物のような幸運が転がっているわけもなく、食堂の食事は、とりあえず美味くもなく不味くもない、評価をコメントする気にならない程度の無難な味付けだった。
それが十分な合格点だとヒューズは思う。
この数日間で知り合った候補生のうちでも親しく話すようになった二人の姿を食堂内に見つけて、ヒューズはそこに近づいた。
席は、なんとなくだが学年ごとの場所というものがあるらしい。
3日も経てば、余程鈍い者でない限り、寮内に張り巡らされた暗黙のルールを感じ取り始めていた。
第一学年生ともなると、人数は寮生の4分の1であるはずなのに、その場所は明らかに相応分ではない。
(――ま、こんなもんかね。)
まだ正式な寮生活開始ではないからか、その狭いスペースでも、席は疎らに空いていた。
トレイだけ先にテーブルに載せ、椅子に手を掛けたままでぐるりと周囲を見回していると、前の席に座った男が、ヒューズを見上げて不思議そうな顔をした。
ヒューズも身長はある方だが、その男はそれよりも軽く20センチは大きい。
肩幅などはヒューズの2倍近かった。
入寮初日に、ヒューズを先輩と間違えて道を尋ねてきた男、マーク=ライアンである。
入寮式を真面目に聞いていたなら、新入生の中でも代表挨拶をしたヒューズの顔だけはわかりそうなものだが、当人に言わせると、そんなものを真面目に聞くわけがないだろう、ということらしい。
若干先が心配になる無頓着さだが、ヒューズが首席入学者だと知るや様々に態度を一変させる周囲に、初日の午後にして既にややうんざり気味だったヒューズにとって、態度を変えるどころかドカドカと力いっぱい肩を叩いて『おまえすっげー老けてるなぁ!』と言い放ってくれた遠慮のなさは、十分過ぎる程好感を抱かせた。
今も、食堂の椅子が軋みそうな巨漢は、その表情にいたって無防備に疑問符を浮かべている。
「ヒューズ? どーしたんだよ?」
「んー?」
のんびりと声を返しながらも視線を戻さないヒューズに、今度は隣に座った小柄な男が口を開いた。
呆れ交じりに穏やかに笑う。
「相棒探しだよ、ライアン。」
僅かなからかいを含んで静かに発せられた、少し高めのその声は、聞くものに不思議な安堵感を与えた。
ちなみに、こちらの男レイ=カディックは、今度はヒューズが上級生と間違えて道を尋ねた相手である。
…広大な敷地を持つ士官学校では、お約束の出会い方らしい。
「はぁ? …え? でもヒューズ、おまえ相棒の顔知らねーとか言ってなかったか?」
「んー…ああ…。」
きょろきょろと一通り視線を回したのか、ヒューズはようやく目の前の世界に立ち戻った。
すとんと椅子に腰を下ろす。
「まぁそうなんだけどな。」
「探してもわからないでしょって言ってるのに、5日間ずっとこうしてるんだよ。」
カディックに言われて、ヒューズは軽く肩を竦めた。
「面白いだろ、顔を知らない人探しってのもさ。」
「それじゃ探せねーじゃねーか。わけわかんねぇ。」
呆れるというよりは唖然としているライアンに、カディックも、「ほんとだよね」と頷いた。
「それは人探しじゃなくて、人当てっていうんじゃない?」
笑みを含んでヒューズを見たカディックに、ヒューズは「なんだよー」と唸りつつ、フォークをハンバーグに突き刺した。
「いいじゃん、それでも。」
「もちろんいいけど。変わってるよね、ヒューズって。」
「そうかぁ?」
カディックを見て首を傾げたヒューズに、ライアンはもぐもぐと咀嚼しながら、
「はっきり変人って言ってやれよ、レイ。」
と茶々を入れる。
次いで、で? と、ヒューズに視線を向けた。
「誰かいたのか? それらしきヤツ。」
「それがいねーんだよなぁ…。」
溜息を零すヒューズに、カディックが笑った。
彼は、いつも穏やかに苦笑しているように見える。
柔和な顔立ちが余計に雰囲気が柔らかく感じさせ、そのせいか、彼は標準体型より若干小柄であるにも関わらず、この場にいる3人の中で一番年上に見えた。
「3日間部屋にも戻ってないんでしょ? 寮に居ないんじゃないの?」
「えー、つまんねぇ。」
ぶっとライアンが吹き出した。
「なんだそりゃ。おまえがつまんねーのは関係ねーじゃん。」
「そうだけどよー。おまえらだって、もしまだ同室者の顔も知らなかったりしたら気になるだろ?」
「まぁそうだけどねぇ。」
のんびり頷くのはカディックだ。
ライアンは唸っている。
「…探してみるかなぁ。」
呟いたヒューズに、さすがに二人揃って呆れ顔になった。
「今寮内にいないんじゃないって言ったばかりなのに。」
「まさか街まで探すのかよ?」
「まさか! 学内だよ。」
ヒューズはからりと笑う。
「いいじゃん。探検がてら学内周遊しよーぜ。」
「しよーぜってオレ達もか!?」
「なんだよマーク。どうせ暇だろ? 付き合えよー。」
「めんどくせー。昼寝してー。」
「ライアン、そろそろ昼間の睡眠はやめておかないと、授業が始まってからがつらいよ?」
ぼやくライアンに、カディックが冷静に突っ込む。
「ちぇー。」
会って数日のわりに、すっかり馴染んでいる3人である。
ウマが合う…そんな認識はお互い様らしい。
「決まりだな!」
わはははは、と笑ったヒューズに、カディックがにっこりと微笑み返した。
「いいよ。また迷子になったら困るし、3人で行こうか。」
迷子経験者の二人が、揃って即ブーイングを発したのは言うまでもない。