出逢えたから

<file17>

(いい天気だなぁ・・・)
新一は、ぼんやりと窓の外を見つめる。
少しずつだけれど、春が近づいてきているのは確かなようで。
どうしてこんな日にベッドで寝ていなきゃいけないんだ・・と、悲しくなる。
こんな日は、蘭と公園へ散歩したり、校庭でサッカーボールを追いかけたりしていたい。
「それにしても新一、よく蘭ちゃんを連れて行くって決めたな。」
「え?」
掛けられた言葉に振り向けば、昼過ぎに病室を訪れ、先ほどまで有希子とお茶を飲んでいた優作が、静かに新一を見つめていた。
有希子の姿はすでにない。
「あれ、母さんは?」
「ああ、英理さんに会いに行ってくると言って出かけたよ。」
「ふーん・・・。」
新一は、なんとなくドアに視線を流す。
そちらを見たままで聞きなおした。
「で、ごめん、なんだっけ?」
「蘭ちゃん・・・。連れて行くのをやめるんじゃないかと思っていたのでね。」
どこかしら意味を含むような、優作独特の口調が答える。
新一は、即答せずに、ゆっくりと視線を優作へ戻した。
「・・・なんで。」
心当たりが・・・ふたつ。
どちらのことなのかと思い、理由だけを問い返す。
「今回の事件でさ。」
簡潔に返される答え。
それは、心当たりのうちのひとつを、正確に射ていた。
「・・・やめようかって、考えはしたんだけどさ・・・。」
優作の片眉が、ほんの少し上がる。
「したんだけど?」
新一は、優作とは反対の窓へと目を向ける。
「けど、・・・決めた。」
ほぉ・・と、優作から関心するような反応が返ってくる。
「なぜだい?」
「おれ、あいつを諦める気なんてないから。」
窓の外、揺れる木を見つめながら答える。
広げられた枝には、芽が吹き始めていた。
くすっと、小さく零れた優作の笑い声に、少し頬が染まるのを感じたけれど、構わずに新一は続ける。
「探偵のおれがあいつのそばにいると、あいつが狙われることはきっとこれからもある。けど、おれがそばにいたら危ないからって理由であいつから離れてなきゃいけないなら、ずっとそばになんていられないままだし。」
一度言葉を区切って、視線を落とす。
「それじゃ、コナンでいたときと変わらねーじゃねーか。」
もう、蘭にあんな思いはさせたくない。
だいいち、今更危険だからと蘭を日本に残しても、日本で一人でいる蘭が狙われることだってありうるし。
新一のせいで蘭を危険に巻き込まないためには、新一が探偵をやめるか、もしくは『新一の一番大切な人=蘭』の関係を崩すかしかない。
だけど、そんなことどちらも不可能だ。
「だから、決めたんだよ。ちゃんとそばで蘭を守っていけるように、絶対強くなるんだって。蘭も、蘭を守るオレ自身も、蘭との関係も全部、おれが必ず守ってみせるさ。」
そう言って顔を上げると、優作が満足げに微笑んでいた。
「少しは大人になったようだね。」
めったに見せない、父親の顔。
そんな深い表情を見せられると、自分はまだまだ子供なのだと思い知る。
「新一が強くなれるのは、蘭ちゃんのおかげだな。」
「・・・たぶん、な。」
ふんっと、なんとなくふてくされて、優作から目を逸らす。
「父さん、今いくつだっけ?」
突然の質問にも、優作は驚いた様子を見せない。
それどころか、質問の意図までも読まれているようで。
「38だよ。・・・あと20年だな。」
おもしろそうにそんなことを呟く。
なんだかすごくくやしい。
あと20年。
20年経ったら、おれも少しは深みのある人間になれるだろうか?
どんな事態に直面しても、どっしりと腰を据えてかかれるような、そんな本物の強さと余裕を持てるだろうか。
自分の考えに沈んでいると、優作がにっこりと笑った。
「君次第だな。20年は意外と短いぞ、新一。」
「・・・。」
こうも次々と考えを読まれてはたまらない。
新一は、深くため息をついた。
優作の笑いがしゃくに障る。
ジト目で睨みつけると、優作はますますおもしろそうに声を立てた。
「はっはっは。まだまだだね、新一君。」
「・・・・・・ちぇ・・」
どうせかなわないんだ、この男には。
(まだ、今は・・・な。)
いつか、近い将来、父さんと張れるようになりたい。
そんなことは、くやしいから絶対言わないけれど。
きっとそんな思いも、目の前の男はとうにお見通しなのだろう。
「じゃ、私はこれで帰るよ。明日、向こうへ帰る前にもう一度寄るから。」
「ああ。」
そう言うと、余裕の笑みを浮かべたままで、優作は病室を出て行った。

新一は、もそもそと布団に潜り込む。
ベッド脇のサイドテーブルの上、わずかに香りが届くくらいの距離に、綺麗に活けられた花。
最初にこの病室で目が覚めてから、毎日、昼寝から目覚めるたびに変えられているその花は、蘭が持ってきているもので。
新一は、病室に一人でいるとき、よくその花を見つめて過ごす。
とりとめもなく考え事をしながら。
退院したら、もらったのと同じだけの花を、花束にして蘭に贈るってのもいいかもな。
(・・・って、そんなことできねーか。)
ははは、と乾いた笑いをこぼして天井を見上げる。
(あ、そういやもうすぐホワイトデー・・・)
ぽかぽかと暖かい日差しに、まぶたが重くなり、ゆっくりと目を閉じた。


起きたらきっと、蘭がいる。
どんなことから話そうか。
留学のこと?
おっちゃんとおばさんのことでもいい。
そう考えて、おっちゃんとの会話を思い出す。
ずっと一緒にいよう・・・とか、いきなり言ったら、あいつどうするかな?
笑う?・・・泣くか?
病室でそんなセリフ、ムードないわねって怒るかな。
新一はくすくすと笑う。
でも、こんなこと考えても、きっと何も言えない。
目を開けたときに飛び込んでくるあいつの笑顔と、なんとなく唇に残っているような気がする、やさしい感覚に戸惑って。
しばらくは、ぼーっとあいつの話を聞いているだけ。
それでもいいか、と思うけど。
(今日こそは、あの感覚が夢なのか、現実なのか、確かめたい・・・よな。)
現実だったら、お返ししなきゃな・・・なんて考えて、ひとりで赤くなる。
心地良く揺れる意識。
暖かい日ざしにまどろみながら、まぶたの裏に浮かんでくる笑顔。

起きたら、きっと・・・・・・。


〜fin〜



長いお付き合い、励まし、どうもありがとうございました。
無事に終わって良かった良かった(笑)。
気が向いた方、感想などいただけるととてもうれしいです。
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