出逢えたから
<file05>
ピンポ〜ン・・・。
いつも通りの朝。
蘭が門の外で待っている。
「おはよう、新一。ちゃんと課題やった?」
「ったりめーだろ。なんだよ蘭、わかんなかったんなら教えてやるぜ?」
「大丈夫ですよーだっ!」
慣れた挨拶をして、歩き出したところで、昨夜の電話を思い出した。
『大事な人の側から離れるのがどういうことか』
父さんから出された超難問・・・。
(例えば、こういう朝の挨拶はできなくなるってことだよな。)
考えてみたら、一人暮らしをするようになってから、ほとんど毎日、この挨拶と蘭の笑顔で一日が始まっていた気がする。
どんなに落ち込んでいても、朝、蘭に会えば、また頑張ることができた・・・?
(いや、別にこいつに会えなきゃ頑張れないってわけでもない・・・はずだ。)
そこまで考えて、新一は、ちらりと蘭のほうをのぞき見る。
蘭は元気だ。
昨日だって、留学の話をした翌日だし、かなり心配していたのに、無理してるふうもなく普通に笑っていた。
今も蘭は、くるくる表情を変えながら、園子との電話の話なんかをしている。
落ち込んでしまうよりずっといいけれど・・・、新一はなんだか複雑な気分だ。
(おれがいなくなるの、いやじゃないのかよー?)
つい勝手なことを考えて、ふくれてしまう。
(平気なはずないよな・・・。)
コナンのときのことを考えれば、そんなことはいやってほどわかってるけど。
(じゃー、この元気はなんなんだ・・・?)
『待つつもりはないよ』・・・と、何か関係があるのだろうか?
ふぅ、と、新一は、蘭に気づかれないようにため息をついて。
蘭の話に相槌を打ちながら、心の中で叫んでいた。
(どいつもこいつもわかんねーことばっか言いやがってぇ!!)
・・・しかし、叫んだところで、2つの難題は、やっぱり新一の頭から離れてくれないのであった。
教室に着いた2人を、クラスメートがからかいと共に出迎える。
「あいっかわらず夫婦で登校かよー。見せつけるなよ、工藤〜!」
「うっせえなぁ、そんなんじゃねえって!」
いつも軽くあしらうけれど、新一は知っている。
こうして寄って来る男共の中にも、蘭に惚れてるやつがいることを。
当然そいつらは新一にその気持ちを隠そうとするけれど、新一は自慢の観察眼(?)でしっかりと見抜き、そいつらから蘭をガードしていた。
蘭の側を離れれば、そんなガードもできなくなる。
まして高校とは違って、大学じゃ蘭には新一がいるということさえ知らないヤツばかりになる。
(そこへ蘭を一人?・・・冗談じゃねぇ。)
冗談じゃないけど、・・・離れるとはそういうことだ。
本人にはとても言えないけど、蘭はどんどん綺麗になっていく。
有名女優だった母、有紀子と比べたって、新一には蘭の方がずっと綺麗に見えるくらいだ。
心配なんてもんじゃない。
(おれ、ほんとに離れんのか・・・?)
むくむくと増える一方の不安に、新一は授業もうわの空だ。
「こら工藤、どっち見てるんだ?授業聞いてるか?」
教師の声にハッとする。
新一の視線は、無意識にうちに蘭に固定されていたのだ。
慌てて黒板に向き直る。
「くどう〜、奥さんに見惚れてんなよ〜っ!」
「ばーろー、そんなんじゃねえよっ!」
飛んでくる野次に、なんとか赤くならずに応戦していたら、
「工藤、黒板にある問題、全部解け。」
・・・教師の命令が下った。
放課後、新一はサッカー部の連中に混ざって遊びながら、蘭の部活が終わるのを待っていた。
今日は土曜日だから、比較的明るいうちに部活が終わるはずだ。
そろそろ終わる頃だろう、とサッカーを抜けて武道館の方へ向かおうとしたら、その途中であんまり見たくない現場に出くわした。
校庭から死角になった中庭の隅で、蘭と知らない男とのツーショット。
告白されているのなんか、一目瞭然だ。
なんで、こういうときに限って、こんな現場を目撃するんだろう・・・。
(そんなにおれを悩ませてーのかよ?)
思わず立ち止まってため息をついたら、こちらを向く形で立っていた蘭と、しっかり目が合った。
(やべ・・・。)
なんとなく、気まずい。
男の方は、新一には背中を向けていてこちらに気づかない。
話しかけるわけにもいかず、かといってそのままそこにいるわけにもいかず、仕方なく新一は蘭たちが見えないところに移動する。
本当は盗聴器でも仕掛けて、望遠鏡で覗いていたいくらいだが・・・そんなことができるはずもない。
校舎の壁に寄りかかって、ぼーっと空を眺める。
(あいつ、もてるんだよな、やっぱり。)
新一が知らないだけで、今までにもたくさんこんなことがあったに違いない。
(あーあ、なんかおれらしくねーよな、こんなの。)
「しーんいち!」
「えっ?」
いつのまにか、蘭が側に来ていた。
「待っててくれたの?」
にこにこっと、あんまりまっすぐこちらを見上げてくるので、新一は、ついそっぽを向いてしまう。
「まーな。」
「ありがとう。着替えてくるから、ここで待ってて?」
「おー。」
走っていく蘭を見送って、新一はまたため息をついた。
「で、どうして待っててくれたの?」
「え、ああ、明日どうすっかなーと思ってさ。」
新一は、さりげなく用意していた口実を口に出す。
実際、そんなの電話で十分なのだが・・・。
幸い蘭は、そういうツッコミを入れてこなかった。
「あ、トロピカルランド?・・・朝、私が新一の家に行くよ。ご飯食べてから出かけようよ。」
「んじゃ、そうすっか。」
会話が途切れて、新一は先程目撃した場面を思い出す。
蘭に聞こうか、どうしようか・・・。
そんなことに気をとられていたから、蘭が呆れたように笑っているのに気づかなかった。
(新一って、時々妙にボケてるのよね。)
たったこれだけ、二言三言で終わってしまう会話のために、3時間も待つ人間がどこにいるというのだろう?
(他人の巧妙な言い訳はすぐ見抜くくせに、どうして自分の言い訳もろくにできないのかな。)
まあ、完璧に言い訳されてもいやだけど。
でも、今日の新一はなんか変だ。
朝からどこか上の空で。ずっと、なにかしら考え込んでいる。
どうせ聞いたって答えちゃくれないだろうけど。
「なぁ、蘭。」
「え、なに?」
顔を上げると、新一の視線がさ迷っている。
「あのさ、さっきの・・・その・・・」
新一の言いたいことがわかった蘭は、知らず知らず微笑んだ。
「告白されてたこと?」
「う、うん・・・。」
「気になる?」
覗き込むと、新一はそっぽを向く。
「いや、・・・す、少しな。」
新一の顔が少しだけ赤い。
なんかうれしくて、蘭はクスクスと笑う。
「なっ、なんだよ?」
「さっきの人ね、3年生。言いたかっただけだって。・・・心配した?」
あんまりうれしそうに聞いてくるから、新一は余計に素直にはなれなくなる。
(ちきしょー、人の気も知らねーで。)
今は心配してない。だけど、卒業したら・・・。
そう思うと、新一は気が気ではない。
「ねえ、心配した?」
「してねーよっ!」
先程よりもさらに顔を赤くした新一に、蘭はますますうれしそうに笑う。
(その無邪気さが、心配なんだってのに・・・。)
はぁ、と、ため息をこぼして。
「おめーなー、今日みたいに言いたかっただけって奴ならいいけど(よくねーけど)、そんな奴ばっかとは限らねーだろ?」
そう言っても、蘭には新一が何を言いたいか、伝わらないらしい。
「そう?そういう人ばっかりだけど・・・。」
(そんなに告白されてんのかよ?!)
内心の焦りに少し声を荒げて、新一は続ける。
「だからぁ、それはおまえにはおれがいるって知ってる奴らだからだろ?知らない奴だったら、例えば力ずくでおまえをどうにかしようって奴とか、いるかもしれねーじゃねーか。」
「・・・新一が留学したあととか?」
「・・・。」
「・・・心配?」
(なんで、そんなうれしそうなんだよ・・・。)
そんな顔されたら怒れない。
(その顔、他の奴に見せてねーだろーな・・・。)
絶対、見せたくない・・・。
「と、とにかく!今日みたいに人気のないとこについてったりすんなよなっ。」
「・・・心配してくれるの?」
「だ、だからっ、いくらおめーが空手できるったって、一応女なんだしっ。」
「・・・・・・。」
「・・・だあ〜っ、もう!心配に決まってるだろ!!んなこと聞くなよ!」
とうとう叫んで、顔を真っ赤にして横を向いた新一を見つめて、蘭は幸せを噛み締める。
新一が隣にいる・・・ただそれだけで、こんなに幸せな気持ちになれるのだから・・・。
(もう絶対、離れてなんかやらないもん。)
帰ったら、留学について調べよう。
(きちんと調べて、自分も新一も納得できる形でくっついていってやるんだから!文句なんか言わせないわよ!!)
そんな決意に目を輝かせる蘭を、復活した新一が訝しげに眺める。
新一が留学を決めたというのに、やけに生き生きとしている蘭。
(こっちの難問もあったんだった・・・。)
ここ最近、急激に増えたため息を再びついて、
(おれ、はげたりしないよな・・・?)
本気で心配する新一だった。
なんだか勢いよく更新していましたが、このあとはしばらく間があくかもしれません。
続きはっきり考えてないし(おいっ!)、試験期間に突入するし・・・。
これ以外の話なら書くと思いますが・・・。スミマセン。
2000.7.1 ポチ