好きと気づいたら
<file07>
迷子になった子供のような青子の視線を受け止めて、快斗は少し考え込んだ。
『じゃあ青子は、どうしておれと一緒にいたいんだ?』
尋ねるのは簡単なことだし、話の流れとしても不自然なことではない。
そして、その質問の答えをつき詰めていけば、おそらく快斗が待ち望んでいるものになるのだろう。
でも、と快斗は思う。
(青子、わかってねーもんなぁ・・・。)
吐きそうになる溜息を、快斗は苦笑と共に飲み込んだ。
青子は、全然自覚していないから。
きっと今この問い掛けを向けても、青子を悩ませ、落ち込ませてしまうのではないかという気がした。
今の青子には、性急過ぎる問いなのだろう。
下手をしたら、誘導尋問のようにもなりかねない。
そんなことを考えて、快斗は青子を見やった。
(待つことには慣れてるしなー。)
青子は、頼るような視線を快斗へと向ける。
(あと少し、だよな。)
ふっと快斗が微笑んだ。
「・・・快斗?」
青子が首を傾げる。
それから、今思いついたというように、あ、と表情を変えた。
「快斗は・・・」
思いついたと同時に言葉にしようとして、青子ははっとしたように口を閉ざした。
尋ねるのが怖くなったのである。
それを見て、快斗が先を促す。
「・・・何?言ってみれば、悪いことはねーと思うけど?」
その言葉からは、優しさと余裕が感じられた。
そのとき、青子は突然わかったような気がした。
何かが、快斗は大人なのだ。
青子が見えていないものを、きっと快斗は見えている。
だから快斗は、青子が知らない表情を見せるようになったのかもしれない。
だから今も、こうして、こんなにも青子が不安になる話題でも、ゆとりを持ってかまえていられるのかもしれない、と。
それなら、言ってみてもいいのかもしれない。
快斗が平気というのなら、平気なのかもしれない。
今まで、ずっとそうだったように―――。
「青子?」
促すようにもう一度呼ばれて、青子は決めた。
「あのね。」
そう言って、青子は快斗を見る。
不安だけれど、まっすぐな視線で。
「幼馴染だからじゃないって、それなら快斗は、どうして青子たちは一緒にいるんだって思ってるの?」
一度そう尋ねてから、青子は少し考え、もう一度言葉を綴った。
「・・・どうして、快斗は青子と一緒にいるの?」
きょとんと、快斗が目を丸くする。
それから、ふいに破顔した。
快斗が問いかけようかと迷ったことを、逆に問い掛けられたことがおかしかった。
その問い掛けの答えを、快斗はずっと前から知っているけれど。
快斗は、楽しそうな笑顔を青子に向ける。
「・・・その返事、今は保留な。」
そう言って、その表情を落ち着いた、穏やかな笑みに変えた。
「青子がさ、なんでおれと一緒にいるのか、・・・おれと一緒にいたいと思うのかって、その理由がわかったら、おれも答えてやるよ。」
快斗の言葉を聞いて、青子は心もとなさそうに、快斗を見る。
クスリと快斗が小さく笑った。
「そんなの、ゆっくり考えてみればいいんじゃねー?焦ることないだろ。」
そこまで言って、快斗の瞳が少し色を変えた。
トクン、と、青子の心臓が跳ねる。
「青子が嫌だって言わない限り、とりあえずおれは、ずっと青子の傍にいてやっからさ。んな顔、する必要ねーよ。」
そう言って、とても快斗らしい、明るい笑顔を見せた。
おもむろに手を伸ばした快斗が、青子のほっぺたを軽く引っ張る。
「ほら、いつまでもんな顔してっと、変な顔になるぞ?」
ニシシといたずらっぽく笑った快斗に、青子はいつものように膨れることはできなかったけれど。
『ずっと傍にいてやるから』
その言葉に、ひどく安堵して。
だから青子は、自分も手を伸ばす。
快斗が青子にしているように、近くにある快斗の頬を、ぎゅっと引っ張った。
言葉が出てこない代わりに、青子は笑ってみせる。
―――なによぉ、えらそうに!
そう言ってやりたいのに、声にならなくて、だから青子は一生懸命笑顔を作った。
ついでに一生懸命快斗の頬を引っ張ってやると、快斗が慌てたようにわめいた。
「っててて!なにすんだよアホ子!」
快斗は、青子の頬を引っ張っていた手を離して、快斗が青子を引っ張る手を外そうとする。
「加減もできねー・・・の・・・か・・・青子!?」
膨れて口にしようとした言葉が途切れ、それは驚いた声で青子を呼んだ。
目を丸くした快斗を茶化す余裕もなく、青子は快斗の頬から手を離す。
「あれ?」
そう言って、自分の目をこすった。
「あれ?」
「・・・青子・・・・・・。」
驚いて、頬から外れた青子の手を掴んだまま、どこか呆然と青子を呼ぶ快斗の前で、青子は空いている片手で何度も目をこすった。
「ごめん。えっと・・・あれ、おかしいな。止まらないよ。なんで青子・・・」
ぽろぽろと、何かが壊れてしまったように、青子は泣いていた。
「なんで・・・・・・快斗・・・」
戸惑うように、繰り返し涙をぬぐっていた青子が、ふいに快斗の名を口にした。
快斗が、青子をじっと見つめる。
「青子・・・?」
手を伸ばしていいのか、快斗は一瞬迷った。
けれども、
「・・・快斗ぉ・・・」
そう言って、まるで助けを求めるように快斗を見上げた青子に、快斗は迷いを忘れて、青子を引き寄せていた。
右手を青子の後頭部に回し、青子の額を自分の肩口に押し当てるようにして青子を抱き寄せた快斗は、ソファにななめに座って、左手で戸惑ったように青子の背に触れる。
「・・・なんで泣いてんだよ・・・?」
呟いた声に被るように、青子がしゃくりあげた。
「なーあおこー。」
とんとんと左手で軽く背を叩きながら、心底困った声を上げる快斗に、青子は泣きながら、少し笑い声を立てた。
先ほどまで余裕だったはずの快斗が、困っているのがなんだか妙にうれしい。
ひっく、と青子の肩が震えると、快斗の青子を抱く腕が少しだけ強くなった。
「青子?」
快斗の声が、自分の名前を呼んでくれるのが心地よくて、青子は額を快斗の肩に預けたままで目を閉じた。
涙が、少し収まる。
青子はそっと腕を伸ばすと、快斗の背に両手を回してみた。
ビクリと僅かに快斗が反応したのを感じて、青子は首を傾げる。
それでも、その場所の暖かさに青子はひどく安堵して、そのまま快斗に寄りかかった。
「・・・あ〜おこ〜・・・。」
心底困ったという声で快斗は青子を呼んだけれど、全く拒絶される気配のないその呼びかけを、青子はただ心地よく聞く。
「・・・なぁってば・・・。」
(なんなんだよ、いきなり・・・)
快斗は、困り果てて溜息を吐きかけ、慌ててそれを隠した。
(これで自覚ないなんて嘘だろ、ちくしょー。早く気づいてくれよ〜。)
天を仰いでしまいたいような快斗の気持ちをよそに、青子は少し頭を動かして、快斗の首筋に額を置いた。
僅かに触れる肌の感触が、青子をとても穏やかな気持ちにする。
「・・・快斗・・・。」
もう一度呟いて、いつのまにか泣き止んだ青子は、そのまま再び目を閉じた。
(おいおいおいっ?)
目を丸くしている快斗は、けれども青子を引き離すことはできなくて。
戸惑いながら、ただじっと固まっている羽目になる。
その状態で数分間。
やがて、青子からは気持ちよさそうな寝息が聞こえ出しても、快斗はもう諦めの境地で。
眉を寄せながらも青子をそっとソファに横たえた。
気づけば、青子が帰るはずだった時間はとうに過ぎている。
快斗は溜息を長く吐くと、立ち上がり、警部に電話をかけるために廊下へと向かった。
〜fin〜
2001.11.21 ポチ