見つめる先
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 車でやってきた寺井に快斗が回収されている頃、中森は警視庁に到着していた。
 警視への報告もそこそこに、郷田の屋敷へ手勢を向けようと試みる。
 だが、返って来たのはノーという答えだった。
「どうしてです!」
 机を叩かんばかりに身を乗り出して叫ぶ中森に、警視は部屋に備え付けられている20インチ程度のテレビを示す。
 そこに映っていたのは、先程まで中森がいた郷田の屋敷――いや、その残骸、だった。
 夜のニュース番組に速報で流されているようだった。
 森の中、広い敷地でくすぶる炎と煙。
 暗い夜を浮かび上がらせる消防車の赤いライト。
「これは……」
 思わず呟いた中森に、警視が頷いた。
「私のほうこそ、君の報告を待っていたのだよ、中森君。一体何があったのだ?」
「……それは……」
 説明はできるだろう。全てではなくとも。
 中森は、キッドの言葉を思い出す。

 ――彼らが去るときは、ここが爆破されるときだと思っておいたほうがいい――。

 まさか本当に、と思う気持ちとは裏腹に、どこかで納得している自分がいた。
 そして、ふと胸にあたる物に思い当たる。
 手を突っ込んでそれを取り出し、警視に差し出した。
「これを。郷田の不正の証拠かと。」
「なに?」
「怪盗キッドが持ち出したものを受け取りました。中身はまだ確認しておりませんが…。」
 警視が視線を上げて中森を見る。
「では、やはり怪盗キッドは現れたのか。」
「ええ。」
 説明は、少し長くなりそうだ。中森とて、まだ頭の中は少し混乱している。
「現れました。ただ、ヤツは今回、結局何も盗っていません。」
 そう、ディスクのほかにも、中森のポケットに入っていたものがある。
「これが、ヤツのターゲットだった宝石です。確認はまだですが、盗品らしい。」
「……」
 続けて手を入れるのは、また別のポケットの中。
「…そしてこれが、郷田や郷田の屋敷の警備員が保持していた拳銃です。」
「拳銃……。ではキッドは、郷田の不正を暴きたかったのか?」
 中森が机に並べた2丁の拳銃を見て、警視が尋ねる。
 キッドの犯行には、実際にターゲットを手に入れるためのものと、むしろメッセージ色の強いものとがある。だから、警視の言うような可能性もあるのかもしれないが、中森はイエスとは答えなかった。
「…わかりませんね、今回は。一度はターゲットを手にしていますし、たまたま郷田の不正を知ったからとか、ついでに郷田の不正を暴いたから…という可能性もあります。」
 ついでのように、キッドに渡されたポケットカメラも机に並べた。
「警視、怪盗キッドに敵対する者たちが居るのは…?」
「――ああ、もちろん知っている。」
「郷田は、彼等の仲間だったようです。」
「…では、キッドはそれを知って?」
「いえ、そうではありません。」
 知っていて乗り込んだわけではないだろう。だから、あんなことになった。
 簡単な説明では上手く伝えられない。
 また、こうして他の者もいるオフィスで話せるようなことでもない。
 警視は中森の態度からそれを悟り、重々しく頷いた。
「話を聞こう。」
 奥の部屋に促され、中森は頷いて従った。
 1時間も経たないうちに、中森と行動を共にしていた部下が戻る。
 それが中森の指示だという部下達に、中森はキッドがフォローしたのだということを知った。



 一連の出来事を説明し、さらに部下からの報告を聞き終えたときには、あと1時間程度で日が昇ろうかという時刻だった。
 現場からは、ようやくくすぶっていた火が収まったという報告が入る。
 だが、実際に現場に出向いて調査を行うのは、明るくなってからがいいだろうという結論に落ちついた。
 気持ちは逸るが、夜では効率が悪いのは事実だ。
 了承して、中森は部屋を出た。
 体はほとほと疲れていたが、頭だけはめまぐるしく動いている。
 今日見たもの、起こった出来事が、ぐるぐると脳裏を巡った。
 家に帰っていてはほとんど休めないので、ここは仮眠室で眠るべきだと思うのだが、とても眠れそうにない。
(どうして彼は、あんな……?)
 中森を助けてくれたことは、どこかでキッドならそうするだろうと納得していたから、いまさら悩んだりはしない。
 だが、顔を見せたのはどうしてだろうか。
(やっぱり…どうせ変装だから、か…?)
 だが、そうと納得するには、あまりにもいつもの怪盗キッドと違っていた。
(アイツらしくない……いや、そうでもないが、でもあれは様子がおかしかったぞ。間違いない。)
 普段なら、腕が掴めそうなほど近づくことなどないから、体格差などわからない。だから中森はずっと、怪盗キッドは昔中森が追っていた人物と同じだと思っていた。
 だが、実際はどうだろうか。
 同じ人物ならば、あれほど華奢なはずがない。成人した男性の体格ではなかった。間違いなく、少年。
(――女性、という可能性もあるのかもしれんが…違うだろうな……。)
 骨格はもしかしたら変えられるのかもしれない。だが、喉元を見た限りは男性だし、抱えられても女性と気づかないこともないだろう。中森を抱えられる女性は、もしかしたらいるかもしれないが。
 変装だったのかもしれない。以前にも、中森がよく知る快斗や青子に変装したことがあった。
 そう思いながら、それでも中森は、やはり本人ではないかという考えを捨てられなかった。
(もし…もしもそうなら、なぜだ……?)
 なぜ、顔を隠さなかったのか。
 なぜ、怪盗キッドをやっているのか。
 なぜ、怪盗キッドは中森の知る以前の誰かではなくなっているのだろうか。
(何があった? いや、……何が、起きている?)
 怪盗なんてものを名乗るだけあって、怪盗キッドとはおかしなヤツだと思っていた。それは昔も今も変わらない。
 ただ愉快犯というには誠実さを感じる相手。遊ばれているとカッとすることもあれば、助けられたと感じることもあり、立場上表立って認めるわけにはいかないが、今回のような他の悪党に対する態度には共感することもある。
 中森にとって、怪盗キッドとは犯罪者という枠に収まらない不可解な存在だ。それでも、ある程度の人物像は抱いていた。
 でも、違う。違った。
 中森が感じていただけの存在ではなく、考えたことがない、もっと違う何かがあるということに、中森はこれまでの漠然とした感覚ではなく、今夜初めてはっきりと気がついた。
 今夜のことは、中森にとって本当に衝撃的だった。
 キッドが黒羽快斗かもしれないとか、中森の知る以前のキッドではないとか、もちろんそれらも十分衝撃ではあるが、そんな次元ではなく。
 ――怪盗キッドが、ただの怪盗ではない、ということ。
 怪盗キッドの背後で、何かが動いている。
(そういえば、そもそも怪盗キッドは、なぜ消えた……?)
 8年前――消えたときには散々考えた。だが、中森が当時彼について知っていたことはあまりに少なすぎた。今考えると、まったく見当違いのことしか考えていなかったのかもしれないと思う。
 中森は改めて考え込む。
 と、突然廊下の向こうから「お疲れ様です」と声を掛けられた。
 はっとして顔を上げると、中森の部下の1人である男と目が合った。
 中森はいつのまにかたどり着いた仮眠室の前で、ノブに手をかけたままで考え込んでいたようだった。
「…あ、あ…ごくろう。」
 声を掛けてきた部下の1人に返事を返して、中森はようやくノブをひねった。
 簡易な2段ベッドが部屋の両脇に1つずつあるだけの殺風景な部屋だ。
 誰もいないそこで、ジャケットを脱ぎ、ネクタイをはずして、中森は手近な1階のベッドに転がった。
 頭が混乱している。
 だが、頭の中を巡るどれもこれもが非常に重要なことだった。
(本当に、眠れそうにないな……)
 中森は深くため息を吐く。
 それでも少しは休息になればと、電気を落として目を閉じた。











2009.6.21 文月 優

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