苗木
ロイは、屋敷を抜け、痕跡を見落とさないように周囲を確認しながら、一般道を走る。
しばらくは一本道だが、脇道に逸れている可能性は高かった。
「くそっどこだ!」
エンジン音は聞いていないので、遠くへは行っていないはずだ。だが、と、ロイは走りながら眸を険しくした。
リザがもし、襲撃してきたヤツに掴まっていたら?
それが恐らく一番厄介なパターンだ。
ロイは、走りながら苛立っていた。
どうしてリザが銃を持っている!? しかもどうしてあんなに手馴れているんだ!
挨拶をするのに手を取ったときに、ロイが驚愕した理由はそれだ。手に、銃を持つもの特有の癖があった。だからこんなお嬢様が銃を扱うのかと驚いたのだが、そのときはせいぜい護身用に学んでいる、いざとなったら銃を出すことさえできるかどうかわからない程度のものかと思っていた。
…考えてみたら、そんな訓練で、あのような手になるはずがない。
だが、だからといって、あそこまで当たり前に銃を手にするなんてどうして思うのだ。まして発砲するのさえ、これっぽっちも躊躇などなかった。
「一体どういうお嬢様なんだ…!」
「静かにしてください。」
小さく叫びながら角を曲がりかけたところで、唐突に間近で掛けられ、背後に流れていきかけた声に、ロイはぎょっとして足を止めた。
「君…!」
「…静かにしてください。」
リザである。言いたい言葉がどわっと溢れかけたが、再び制止されて、ロイは仕方なく口を噤む。
確かに、そんな話をしている場合ではなかった。
息を整えてリザの前まで戻る。
リザは、眼差しだけで背後の廃屋を示した。
「…ここか。」
「ええ。即席でしょうけれど、本当の根城に戻る前に掴まえた方が楽かと思います。」
「思いますって…」
ロイは、パッカリと開きそうになる口を慌てて閉じる。
「…ミス・ホークアイ、君はまさか、ここに乗り込むつもりなのかい?」
コクリ、とリザは頷いた。眼差しが鋭いわりに、仕草は年齢相応である。
「さっきまでは一人でしたから、どうしようか迷っていたんですが…。」
迷うな! と、ロイは心の中で叫んだ。
「…応援を呼んで、任せたほうがいい。中に何人いるかもわからないだろう。」
「時限爆弾付きでもですか?」
「時限爆弾!?」
聞き返したロイに、リザは視線を合わせて頷いた。
「私が追いかけた者は、屋敷を出た時点で二人、さらに二つ向こうの路地で二人と合流しました。彼らの会話を聞く限りでは、多分うちを襲撃するために、仮の拠点としたここを出発する際に、時限爆弾を仕掛けたのではないかと思います。」
ロイは眉を顰めた。
「戻れなければ証拠隠滅。追われて逃げ込んでも自爆?」
「ええ。」
「…だがリミットはわからないんだろう?」
「30分あるかどうかという程度かと思うんですが…。」
ロイは溜息を吐いた。
「随分マヌケな襲撃犯だな。そんな会話を交わしていたのか。」
「素人みたいでしたよ。…少なくとも、先程逃げていた4人は。それに、私が追いかけたところで、何をできるとも思われないでしょう? 見かけはお嬢様みたいですから。」
ぐっと、ロイは言葉に詰まった。
気まずくリザを見る。
「やっぱり聞こえていたのか。」
「別に怒っていたりはしません。」
「…少し怒っているように見える。」
唸るように呟いたロイに、リザは僅かに驚いた顔をする。確かに言われたとおり、少しおもしろくないと感じていたことも事実だった。
言われ慣れていることなのに。
リザの反応に首を傾げたロイに、リザは我に返って話を戻す。
「掴まえたいんです。他にも仲間がいるはずなのに、自爆されては困ります。居場所を割らせたい。」
「…気持ちはわかるが、危険だ。」
と、リザが真っすぐな眼差しでロイを睨んだ。
「自爆されて、仲間が放置される。その仲間がまた、私達を狙う。それは明日かもしれないし、一ヵ月後かもしれない。家かも、通学路かも、買い物に出たマーケットかもわからない。……どちらが危険だと言うの。」
たかだか15歳前後の少女が口にするには、その台詞には中身が篭りすぎていた。
咄嗟にロイは言い返せず、リザを見つめてしまう。リザは、もどかしそうに唇を噛んだ。
「こういう状況には慣れてるわ。将軍の家系だもの。ここで襲撃犯たちを取り押さえても、きっとまた違う人たちに狙われることもわかってる。それでも母は普通の人で、今は父が怪我をしてるのよ。危険の芽は摘んでおきたい。」
ロイは困惑してリザを見る。止めたい気持ちはあるけれど、止める権利を持たないこともわかってしまって。
グラマン教授と中佐の言葉を思う。確かに一筋縄ではいかない。たいしたお嬢様だった。
「あなたに付き合えとは言いません。ただ、家にこの場所を伝えてほしいんです。」
ロイは、諸手を上げたい気分で降参した。――とても止められない。正直手に負えない。
だが、どうしてリザ一人置いて、伝言役になどなれるのだ。
溜息を吐き出して、ロイは先程受け取った銃を取り出した。弾を補填する。
「君の言いたい事はよくわかった。一緒に行くよ。」
「な…!?」
リザは目を丸くして絶句した。それが、ロイをどこか楽しい気分に変えた。
「…爆弾を見つけたとしても、君は解体できないだろう? 私ならできるよ。」
リザは厳しい顔でロイを見返す。受け付ける気がないことは伝わったが、ロイとてここまで来たら、引く気などない。
「……士官学校で爆弾解体を習うのは、第二学年時だと聞きましたが。」
ロイは、軽く片眉を上げた。
「詳しいね。正解だ。」
「なら!」
言いかけたリザの言葉を遮って、ロイは笑った。
「うん、士官学校で学ぶ時期はその通りなんだがね、私は生憎、知識だけは無駄にたくさん持っているんだ。」
「…意味がわかりません。」
睨むリザに微笑んで、ロイは、リザの首に掛かるネックレスを外してほしいと頼んだ。
プラチナだろうか?それなりに重量がありそうなそれは、胸元の開いた濃紺のドレスにも、白い肌にも良く似合っている。
リザは、迷いながらもそれをロイに差し出した。
ロイは地面に屈みこむ。
ポケットに入っているチョークを取り出して、地面に書き出したもので、リザはロイが言おうとしたことを察したらしかった。
ロイは、受け取ったネックレスを描いた錬成陣の真ん中に置く。
両手を置いて、錬成を始めると、リザも引き込まれたようにその様子に見入っていた。
ロイは密かにその表情を伺い、こんなときなのにとても満足する。
すぐに消えた青い練成光の後には、銀色のバレッタが残されていた。
「はい。」
「……。」
リザは渡されたバレッタとロイを、無言で見比べる。
ロイは、にっと笑って、続けた。
「そんなわけで、爆弾の心配は無用。それに、確かに一年坊主だけど、それなりに役に立つと思うよ。」
リザは、その視線をバレッタに落とす。
迷ったのは一瞬だ。返事の代わりに、リザはバレッタで下ろしていたい髪を纏め上げた。
すっきりと現れた首元が、夜目にもまぶしい。ロイは、リザが会場で羽織っていたショールを、いつのまにか纏っていないことに気づいた。
「…行きましょう。時間がないわ。」
「ああ。」
本当に珍しい女性だと思った。ロイが差し出した弾薬を、彼女は手早く自分の銃に差し入れる。
「ミス・ホークアイ、無理はしないと約束してくれ。」
「わかっています。」
「それと、後ろに…」
言いかけると、振り向いたリザが、ロイを睨んだ。なぜ睨まれるのかと動きを止めたロイに、リザはすぐに眼差しを和らげる。銃を点検してから、微かに微笑んだ。
「手を貸して頂けるのは嬉しいです。ですが私を庇おうとする必要はありません。」
言いながら、時間が惜しいリザは、それでも慎重に建物に近づいていく。
門の中は、木々が鬱蒼と覆い茂り、奥の建物は朽ち果てて、夜目にも湿気がはびこっているのがわかる。
覆い茂った草木のために死角が多い。だが逆に、その死角に入り込むには草を踏まずには無理だ。
唯一、幾度か踏まれた痕跡のある道筋は、建物へと続いている。リザは、ドレスの裾が汚れるのも構わずに、茂る草を掻き分けた。
ロイ達は、注意深く周囲を警戒しながらも、建物の前まで辿りついた。
「どうしてだい?」
後をついていきながら問いかける。ロイは、女性は守るものだと認識していたし、女性の側も、自らは守られるものなのだと認識していると思っていたのだ。少なくとも、それまでロイが関わった女性達はそうだった。
もっとも、既にロイは、リザをそうした女性と同じには見ていない。ただ、直接聞いてみたかった。
リザは、屋敷の前で一度立ち止まって、一瞬だけロイに目を向けた。
「これは私達の日常です。いつだって危険はそこにある。けれど、いつも誰かが助けてくれるわけではないでしょう? 私は自分の身は自分で守れるようありたいと思うし、大切な人を守れる力がほしいとも思うんです。…私を守って倒れる誰かは見たくない。」
カシャリと静かに銃を整えて構えたリザの隣で、ロイはその仕草を見つめ、やがてふっと微笑んで、自らも銃を手に扉脇に肩をつけた。
「…君のような女性には、初めて会ったな。」
自分でも不思議な程、飾らないままに柔らかな声が出た。
認識を改めようと思う。女性は誰もが守られるばかりではないのだと。そうしてみて、ああ確かにそうだと改めて思った。男だって、女性に守られているものが沢山ある。
返す言葉は特にないというように、ただ自分に視線だけを向けているリザに、ロイは眼差しで微笑んでから、扉に手を掛けた。
「行くぞ。」
「はい。」
「…手に負えないと思ったら、自分で逃げること。いいね?」
「……。」
不満そうな眼差しに、ロイは愉快な気分で笑う。
「私だって、自分の傍で倒れる誰かは見たくないよ。」
何かを探るようにロイを見た眼差しが、そっと伏せられる。
「…わかりました。」
「前と後ろ、どちらが慣れている?」
今度は、守る為ではなく、お互いが効率よく動くための位置取り確認の問いだった。
それがわかったのか、リザが微かに笑う。
「…後ろです。」
頷いて、ロイは眼差しを扉へと向けた。
「では、援護を頼む。」
さすがにいつまでもほのぼのとしているわけにはいかない。
ピリッと電気が走るようにして緊張感を取り戻したロイに、リザも表情を引き締めた。
ロイが、足で蹴飛ばして、勢いよく扉を開く。
途端に浴びせられた弾数は、明らかに4人分ではなかったのだが……その後屋内で費やされた時間は、互いに驚く程、短かった。