ノラ猫探し


-5-



がっくりと肩を落としていたヒューズだが、ふと思い出して顔を上げた。
「…おまえ、荷物あれだけ?」
唐突に飛んだ話に、ロイは一瞬何のことかと思うが、すぐに部屋に置いていたものに思い至る。
小ぶりのボストン。
「ああ、そうだ。」
「まじかよ!」
ヒューズは、思わず声を大きくした。
近づかれた分だけ引きながら、「何かまずいのか?」などと冷めた眼差しを向ける彼に、ヒューズは、おいおい…と丸くした目を向ける。
「少なすぎねーか、それ?」
ヒューズの声にも首を傾げている。
「そうか? 別に何もいらないと思うんだが…。」
「えっいっぱいいるだろ!?」
強く叫んで身を乗り出したのはライアンである。
ロイはきょとんとしている。
「何がいるんだ?」
「そりゃあれだ。服とか洗面道具とか文房具、カード、ゲーム、雑誌、みやげ、あとおやつとバナナ、それからゴン太と…」
「ゴン太って誰だよ…。」
「ライアン、君そんなに持ってきてたの?」
突っ込みを入れずにおれなかったヒューズと、呆れ顔のカディックが、ライアンの言葉を止める。
と、隣でロイが真面目な顔で首を傾げた。
「おやつとバナナは同じじゃないのか?」
「え、バナナはおやつじゃねぇだろ?」
「…おめぇら、何ボケた会話してんだよ…。」
こめかみを押さえて呟いたヒューズを、ロイがきっと視線を向ける。
「誰がボケてる!」
「いやボケてるよ、マスタング。」
「……。」
カディックに冷静に突っ込まれて、ロイは眉を寄せて黙り込んだ。
ヒューズが溜息を零す。
「まぁマークの荷物ラインナップは置いておくとしてだな。」
「またかよ!」
ふてくされるライアンに、まぁまぁ、と宥めるように笑ってから、ヒューズは続ける。
「ロイ、おまえ何持ってきたんだ?」
ロイは、ヒューズを見て、ああ、と呟いた。
「別に。本とノートと服。」
「ちなみに、服何着と本何冊なの?」
尋ねたカディックに、ロイは思い出すように視線を上向けながら答えた。
「服が1着と、本が7…いや8冊だったか? って、どうしてオレは荷物検査なんかされてるんだ?」
言いながら眉を寄せる。
ヒューズは、まぁまぁと笑った。
「けど1着って…ああ、今着てるのを含めて2着か。」
「いや、私服はこれだけだ。鞄に入れてあるのは寝間着だからな。」
「はぁ!?」
あまりに素っ頓狂な声を出したヒューズに、ロイは思わず身を引く。
「おまえ、いちいちうるさいヤツだな。そんなに驚くことか?」
「驚くだろ!」
「…すっげぇ驚いた。」
叫んだヒューズの隣で呟いたのはライアンである。
だがこの場合、ライアンの感覚が当てにならないのは言うまでもない。
ロイはライアンの荷物を目にしてはいないけれど、先程までの話からそのことは理解している。
従って、現状に対する確かな判断を求めつつ、カディックに視線を向けた。
カディックは、つい苦笑してしまう。
「うん、確かに少ないよね。」
言われて、ロイは困惑した眼差しを自分の服に落とした。
「だが制服があるだろう? 私服を着る必要なんてそうそうないと思うんだが…。」
「そーでもねぇだろ…。」
呆れつつ脱力して、頭をがしがしと掻いたヒューズが、あ、そういえば…と続けた。
「制服、今日部屋に届いてたぜ。見たか? …って見てるわけねぇよな。」
ハハハ、と乾いた声で笑うヒューズに、ロイが、む…と眉を寄せる。今日あたりシャワーを浴びに帰るつもりだったんだ…とかなんとかぶつぶつと呟きつつ、ふいっと視線を逸らした。
「制服くらい知ってる。そこら中で歩いてるじゃないか。その窓からだって見えるぞ。」
士官学校の制服を知らないヤツがいるものか、と、ロイはヒューズを睨んだ。
それは、窓から見える学内どころか、色違いなら街中、いや国中に散っている。
士官学校の制服は、軍服と同じデザインなのである。
当然といえば当然だ。脱ぎ着から機能性まで、扱い慣れ、使いこなしておかなければならないのだから。
当然、憲兵や軍人と区別するために色が違う。士官候補生のそれは深い緑だった。
「おい、なんで窓開いてんだよ、さみぃじゃねぇか! つーか、そこからじゃ制服の中までは見えないだろ?」
ロイの苦情を聞き流して別の苦情を返してきたヒューズに、ロイは露骨に嫌そうに顔を顰めて視線を戻した。
「換気しなければ窒息するだろうが。大体おまえは何を言ってる? 男の制服の中なんか見て何が楽しい! そんなものは見えなくて結構だ。」
瞬間、ほんの一時なのだが場が静まった。
ヒューズはパカリと口をあけてロイを見た。
既にヒューズのイメージでは、ロイは徹底的に本の虫…己の興味に全身全霊を傾けているような気がしていて、まさかそんな普通の男のようなコメントが返ってくるとは思っていなかったのだ。
カディックやライアンもヒューズと揃って目を丸くしていたが、ライアンが、いち早く立ち直った。
「そっそうだよなぁ! わかるわかるっ!」
げらげらと肩を揺らして笑っている。
隣にいたカディックにまで軽やかに笑われて、ロイは「なぜ笑う」と短く言って、ムスリと黙り込んだ。
ヒューズはその様子に苦笑しつつ、話を戻す。
「あー、いや、その意見にはオレも激しく同感なんだけどよ、ちょっとそれも置いておいてだな。おいロイ。」
「…なんだ。」
ヒューズは、本当に態度は素直だよなぁと、半ば関心しながら告げた。
「制服…つーか、軍服だよな。あれの中に着るTシャツとかシャツとかは自前なんだよ。おまえ、それも持ってないってことだろ?」
――と。
「あ!」
とライアンが納得したように声を上げる。
「そっか、そうだったね。」
頷いたカディックの言葉に、固まっていたロイが我に返った。
「そうなのか!?」
「そうそう。」
ロイの勢いある反応が嬉しかったのか、ヒューズは嬉しそうに頷く。
ロイは、ちっと舌打ちして肩を落とした。
「けちだな。」
「そういう問題か?」
「…めんどくさい。」
「…ご愁傷様、だね。」
カディックがクスリと笑う。
深く溜息を吐き出したロイに、ライアンがやや気の毒そうに告げた。
「でも学校始まる前に買いにいかねーとまずくねぇ?」
「…だな。」
頷いたのはロイではなくてヒューズだ。
ロイは、物凄く気が向かないといった態度で沈黙している。ふてくされているらしい。
そのロイに、子供のようだと内心で笑いながら、ヒューズがおもむろに手を伸ばした。
パシン、と軽い音がする。
「ったい、何するんだ!」
「いいから。ほら、行くぞ。」
言って、ロイの腕を掴んで立たせる。
促されるままに立ち上がりながらも、ロイは眉を寄せた。
「どこに。」
「街に決まってるだろ。」
「なっなにも今日行かなくてもいいだろうが!」
「明日だって明後日だって嫌なくせに何言ってんだ。」
「ぐ…っ」
図星だろう。唸って黙り込む。
ヒューズは、おかしそうに笑って、ロイの肩をバシバシと叩いた。
「おら、オレ達が付き合ってやっから。面倒がってんな。」
「誰も頼んでない! おまえこそおもしろがるな!」
噛み付くロイの隣で、「だっておもしれぇもーん」とヒューズがのたまう。
「ほらほら。準備! 今日行けば荷物持ちが3人いるぞー。」
「って、やっぱオレらもかよっ」
ライアンが溜息を吐き、
「いいじゃない、ライアン。楽しそうだしね。」
カディックが肩を竦めた。
そうして二人が苦笑している間にも、ヒューズはロイをせかして散らかしたスペースを片付けさせている。
文句を言いながらもヒューズの荷物持ち発言につられたのか、素直に片付けているロイに、ヒューズは笑みを堪えた。
「ちゃんとおまえも持つんだからな。あーあー、それにしてもよくこんなに持ち込んだな。あの鞄に入れて持ってきたのか?」
「まさか。これは来る途中に街で仕入れた。」
「…そんときにもっと他のもんも買っとけよ。」
「シャツが支給されないなんて思わなかったんだ!」
「案内に書いてあっただろーが。」
「そんな隅々まで読むわけないだろう!」
「読んどけよ! 身のために!!」
言い合いながら本を棚に戻すロイをせっつき、ヒューズは缶詰などを拾い集めた。
「一度寮に戻らねぇと無理だな、こりゃ。」
「なっ別にここに置いておけばいいだろう? どうせ誰も来ない!」
「また持ち込むのが面倒なんだろ、マスタング。」
横から笑いを含んで投げられたライアンの声に、ロイは、う…と言葉を詰まらせた。
「おまえなぁ…いいわけねーだろが。万が一にも見つかって言い訳する方が面倒だぞ。ほらそれ持て。」
ヒューズは集めたものは自分で抱え、いまだひだまりに丸まっている毛布をロイに押し付けた。
「行くぞ。天気もいいから今日はわりとあったけーぞ。丁度よかったじゃねぇか。」
「別によくない。」
「あ、マスタング、ストーブ。」
歩き出そうとする二人に、カディックが指摘する。
足を止めたロイの隣で、ヒューズは今気づいたというように呟いた。
「よくまぁ燃料支給してもらえたな。3日間つけっぱなしなんだろ?」
――と。
だが、ロイは一瞬無言でヒューズを見て、するりと視線を逸らし、答えた。
「…燃料はもらってない。」
「へ…?」
ヒューズは間の抜けた声を出した。
「そんなわけあるかよ、3日間ストーブ使ってなかったのか?」
続けて尋ねた言葉に、ストーブの方に向き直っていたロイの視線だけが、再びヒューズへと向けられる。
「今の季節にそんなことしたら凍え死ぬだろうが。」
その視線は、カディックとライアンを掠めて、そのままストーブへと戻された。
「…いらないんだ。」
とさりと毛布を下ろしたロイの右手には、どこから出したのか手袋が嵌められている。
その手袋に描かれた模様に、ヒューズ達が目を奪われているうちに、ロイはストーブに近づいて手を翳した。
ふっと焔が消える。
赤く光っていたはずのストーブの熱線まで、あっというまに黒ずんで沈黙した。
「今の…?」
微かに零れたのはカディックの声だ。
目を見張るヒューズをチラリと見やり、ロイは再び毛布の前に戻って屈み込んだ。
ロイが毛布の隅っこを握ると、それは鮮やかに青い光を放って形を変える。
この場ではロイしか知らないが、握った場所には3日前に書きなぐった錬成陣があった。
錬成は一瞬だ。
ロイは、無言で顔を上げる。
唖然としているヒューズに、たった今形を変えたものを突きつけた。
「ほら、入れろ。」
言われて、ヒューズはハッと我に返る。
「ロイ、おまえ、錬金術師か…」
驚愕を伝える声に、ロイは小さく肩を竦めた。
「見ての通りな。ほら。」
ロイが差し出しているのは、毛布から錬成した、妙にもこもことした手提げだ。…無駄にでかい。が、一応布地でできている。
ヒューズは、ロイと手提げを何度か見比べてから、抱えていたものを手提げの中に落とし込んだ。
ロイは、それをくるくると丸めて抱える。
「そうやってここまで来たのか…。」
呆れたヒューズに、ロイは半目で答えた。
「おまえ、まさかオレが毛布と缶詰を抱えて校内を歩いてきたと思ってるのか?」
「……おまえならやりかねねぇ気がする…。」
「やるかバカ!」
ロイは簡潔に言い捨てて、未だ驚き覚めやらぬ様子でロイを見ているカディックとライアンの方へとやってきた。
「…すげぇ。」
呟いたライアンに、ロイが苦笑する。
「どうも。錬金術の初歩なんだがね。」
「さっきの火を消したのも?」
「それは初歩ではないな。」
答えながら、ロイはヒューズを振り返る。
「おい、行くんじゃないのか。置いてくぞ。」
「あ、ひでぇ! 待てって!」
階段を下り始める3人に駆け寄ってきたヒューズが、ロイの横で呟いた。
「さっきのわけわかんねぇ本はそれかぁ。」
「ああ、錬金術書。士官学校には蔵書が多いと聞いてな。」
「マスタング、まさかそれで入学したとか言わねーよな?」
ライアンの不審げな問いかけに、ロイは小さく笑う。
「まさか。それだけじゃないさ。」
「って、一体理由の何割なんだよ…」
ライアンの呟きを無視して、ロイは無人の図書館をてくてくと歩いていく。
辿りついた入口を何やらやけに慎重に開け、3人を外に出してから自分も出ると、きょろきょろと周囲を伺ってから、扉の隅に手を当てた。ちなみにそこにも錬成陣がある。
バシっと音がしたものの、ヒューズ達の目には何が起こったかわからない。
きょとんとロイを見ているヒューズに、ロイはにやりと笑った。
「中で司書でも見たか?」
ヒューズ達は一瞬固まり、やがて揃って声を上げた。
「おっおまえ! 忍び込んだのかよ…っ!」
「…便利だろ?」
口元に人差し指を立てながら、器用に口元を持ち上げるロイに、3人は絶句する。
それに軽く笑ってから、ロイは、ふと笑みを納めた。
「あーでも…」
今更ながら気まずそうに3人を見やる。
一転した雰囲気に首を傾げる3人の前で、ロイは、ハハハ…と笑うと、
「一応、これは秘密にしておいてくれ。」
と告げた。
「これって、不法侵入か?」
「まぁそれもだが。錬金術だ。」
「え、なんでだよ?」
歩き出すロイを追いかけて、ライアンがロイに並ぶ。
「いろいろ面倒になるのが嫌なんだ。まぁそのうちバレるだろうがね。」
「…バレねぇうちは、好き勝手できる、と。」
ヒューズの言葉に、ロイは苦笑する。
「……そうとも言う。」
「そうとしか思えん。」
唸るライアンに、ロイは小さく笑った。
「そこまで真剣に隠しておくつもりもない。使えないと不便だからな。」
今更ながら、ようやく3人は、ロイの機嫌がけして悪くはないのだということに気づく。
「まぁ黙っておくのは全然構わねぇけど。」
「うん。」
カディックは、ヒューズの言葉に頷いて、ロイを見た。
「助かる。」
「ううん。…ねぇ、さっきのって、実は凄いんじゃないの?」
ロイは、少し驚いたようにカディックを見た。
カディックは、軽く微笑んで続ける。
「僕、祖父が錬金術師なんだけど、あんなの見たことなかったから…。」
続けられた言葉に、ロイは納得したように頷いた。
「あんなのって、火を消したことか?」
首を傾げるヒューズは、当然ながら身近に錬金術師などという者はいなかった。何が凄くて何が凄くないのか、さっぱり見当がつかない。
ロイは、やや視線を落として、荷物を抱えなおした。
「凄い…というか、珍しくはあるだろうな。目に見える物質ではなくて、気体を錬成しただけなんだが。ああ、気体錬成は隠したいかな。どうせ普段は使わない。」
「そーかぁ? 便利そうじゃん。」
仕組みまではわからないまでも、その気体に思い至ったヒューズが手を打つ。
「酸素と二酸化炭素か。だから窓開けないと窒息する、だったわけね。」
「ああ。」
頷いたロイに、カディックが苦笑した。
「それ3日間錬成し続けてたんだよね? 十分凄いよ。」
「へぇー。…どこがどう?」
「えーっとね…」
どう説明しようか考え込むカディックの隣で、ロイは、微かに目を細める。
「…そのうち、どこがどう、どのくらい凄いのか教えてやるよ。」
今までとは少しだけ違う声音。
誰に視線を向けることもなく、ロイは静かな声で、歌うように呟く。
ヒューズは、言葉と同じように静かな表情を湛えるロイの横顔を見て、返そうとしていた言葉を飲み込むと、しばらくして、そうか、と、短く答えた。



〜fin〜



って、終わってよかったんだろうか?(^^;)
オチも何もないぞ〜…エピローグでエンドマークをつけてしまった感じ。
…まぁ全体のエピローグではあるんですけど!……ああ…がっくし。

2006.2.10 文月 優


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