君に会いに行こう
- 03 -
グラマンの家は、閑静な通りに面した門をくぐってから、木立の中を数分間車で走る。大邸宅、と言っていいだろう。グラマン本人が求めたのは、豪華さではなく身内の安全だ。
「……懐かしいな。」
車の窓から、外を流れていく木々を見つめて、ロイは小さく呟いた。
ハボックがバックミラー越しに視線を流す。
「以前に来たことが…」
言いかけて、ハボックは一旦口をつぐむ。視線を前に戻し、改めて口を開いた。
「そんなに長い間、来ていなかったんですか?」
ロイは、運転席の座席の上にそよぐ金髪を眺め、今度は反対側の窓へと目をやった。
「ああ。…久しぶりだし、そもそも今回が2度目だ。」
「え、だってグラマン将軍の屋敷ですよね?」
不思議そうに問いかけるハボックの隣で、ファルマンが頷いた。
ロイとグラマンは、おそらく上官と部下――いまでは立場が逆転しているが――として親しい部類に入るだろう。だからこその疑問に、ロイは小さく笑った。
「東方の家ならば何度か伺っているが、ここはグラマン将軍の家庭がある場所だからな。」
やはり、壊したくない、侵してはいけない空気があるように思う。
ハボックは、ふぅんと一言呟いて、黙った。
2つ目の門を抜けると、屋敷を囲んでいる木々が開け、大理石の噴水と、それを囲む車止めが見えた。
「はー、すごいっすね。さすがっていうか。将軍位、長いもんなぁ。」
のんきに呟くハボックにロイは苦笑した。
「ハボック少佐、か。だいぶ出世したけどな。こういう家にはやはり将軍にならないと難しいだろうな。」
「うへー。おれ一生無理かも。」
「私の部下のくせに情けないことを言うな。」
睨むロイに、ハボックは眉を寄せる。
「だってオレ、アンタに会ったときのアンタの地位にも届いてないっすよ。」
ぼやくように言われて、ロイが言おうとした台詞は、横からファルマンが浚った。
「閣下は、ちょっと例外でしょう。今のハボック少佐の年齢なら、十分出世していると思いますが。」
「そうかぁー?」
間延びした声に、ファルマンは頷く。
「ええ、記録を見てもそうだと思いますよ。大佐ほど勢いよく出世した方は例がないですし。」
と、その台詞を聞いて、ロイはクスリと笑った。
ファルマンの台詞は少しだけ間違えている。
「私は国家錬金術師だったからな。スタート地点でリードしていただけだよ。出世のスピードは、そうだな、戦時中を除けばホークアイ中佐と同じくらいだし、あの頃…大佐にたどり着くまでのスピードは、ヒューズに負けていたよ。」
ファルマンが、助手席からロイを振り向いた。
「ヒューズ……准将、ですか。」
「ああ。」
ロイは頷いて、窓の外、夕暮れの空を見つめた。
当たり前に隣にあった肩を失って、それからもロイは、記憶の中にあるヒューズと交わした言葉に何度も助けられた。ここまでたどり着くことは、彼の力なしにはありえなかっただろう。
「アイツは、お前達と同じ、少尉からのスタートだよ。戦が終わる頃には大尉になって、そこから少佐も早かったな…。」
「…有能でしたもんね、あの人。」
ハボックが、くわえたタバコを指に持ち替え、社内に備え付けられた灰皿へ押し付けた。
「そうだな。」
ロイは頷く。
「いまだに、アイツ以上に有能だと思うヤツには、なかなか会わんな。」
懐かしく思い出すには、いまだに胸が痛く、苦しい。
なぜアイツがと、何度も何度も思った。当たり前だが、納得のいく答えなどあるわけがない。
「会わないって…そりゃ単にいないんじゃないっすか? そんなの、もう化け物っしょ。」
「化け…おまえなぁ、仮にも故人に対して何を言う。」
ハボックの言い様に、ロイは呆れて笑う。
「役割としての問題だろうな。アイツより何かに長けた人間なら、多くはないだろうが、いるさ。だが、アイツのような……」
言葉を探して一瞬黙ったロイに、ハボックはからからと笑った。
「アンタこそ、何言ってんですか。アンタにとって、ヒューズ准将に代わる人がいないのなんて、有能とか無能以前の問題でしょ? いるはずないって、オレでさえわかりますよ。」
ロイは、一瞬あっけにとられたような顔でミラー越しにハボックを見た。
何度か瞬いて、ふっと表情を崩す。
「…そうか。」
「そうですよ。」
自信満々に言われて、ロイは小さく笑った。
「…確かに、そうだな。」
そんな話をしているうちに、車は屋敷の入り口の前につけられた。
前を走っていた車からは、グラマンが降りる。
ロイが乗っている車の扉は、ハボックが車から降りて開けた。
ロイは自分でも運転をする。だから本当はいちいち扉を開けてもらう必要性など感じていないのだが、それでもこうして車から降りることに、いつのまにか慣れた。
ロイが勝手に降りて、もしも狙撃などに会ったりしたら、責められるのはロイの大切な部下達だから。
――ロイを、そう言って諭したひとが、この屋敷にいるはずだった。
ロイは降り立った玄関に立ち、屋敷を見上げる。
本当にここに、ロイが会いたい人がいるのか。
ここまできて、急に信じられないような気持ちになる。
そもそも、ロイの婚約者である『彼女』なんて、本当にいるのだろうか。
確かに、約束したはずだった。
2週間前まで、本人に確認できたことなど一度もないが、それでも確かにその約束は有効だと、ちゃんと信じていたはずだった。
たった2週間で、その約束は、約束を交わしてから流れた時間と同じように、とても遠いものになった気がして、――ロイは扉の前に、しばし立ち尽くす。
その様子に気づいたグラマンが、仕方がないと苦笑する。
「マスタング君、行くよ?」
ロイはその言葉に我に返り、自分の有様に照れくさそうな笑みを覗かせる。
それでも、隠せない緊張を頬に残して、グラマンに頷いた。