世界一かわいい背後霊


「うわっ!?」

いきなり背中に感じたぬくもりに、新一は思わず声をあげた。
「えっ?・・・らん・・・なのか?」
懐に本を抱えていたため、振り返ることもできず、そのままの体勢で問い掛けると、
「・・・うん。」
と、耳下で小さな声が返って来る。
「うんって、えーっと・・・なぁ・・・。」
困惑した新一は、どう対応したものかと首をかしげた。


今日、新一は、昼過ぎから書斎の整理をしていたのだ。
部屋に持ち込んでいた本やら、買ってきて積んであった本やら、そんなものを整理しつつ、本棚にしまいこんでいた。
休日にしては珍しく、蘭はまだ新一の家に来ておらず、事件の電話もかかってこない。
そんな状況の中で、本の整理に没頭しだしたときだったのである。
新一は、足元の棚に本をしまうため、膝をつき、10冊近い本を抱え込んで身をかがめていた。
そこに突然、後ろから何かがのしかかって・・・もとい、寄りかかってきたのである。
本を抱えたまま固まってしまった新一の背中に、蘭はこつんと額を当てたまま、じっとしている。
新一は、なにがどうなってこういうことになっているんだろう、と考えても無駄なことを考えてみる。
もちろん、わからない。
蘭になにかあったのだろうか?
でも、今までの経験に照らし合わせるに、どうもそうだとも思えない。
なんにせよ、背中に触れる感覚だけでは何もわからない。
とにかく手元にある本を本棚に戻し、蘭を振り返れる体勢を作ろうと、新一は口を開いた。
「蘭?・・・右に動くぞー。」
言いながら、そおっと右の本棚の前に移動する。
・・・と、ぴとっとくっついたまま、蘭も新一に合わせて移動した。
(・・・???)
新一は、ますます首をかしげる。
(なんだ・・・?)
背後の存在に気をとられながらも、手元の本を見て、新一は頭を働かせた。
すとん、すとん、と目的の本を戻していく。
(えっと、あとは・・・)
「蘭。またずれるけど・・・?」
「・・・うん。」
「うんって・・・あのなぁ・・・。」
立て膝のまま、新一が再び右へ移動すると、やはり同じように、ちょこちょこっと蘭もくっついてきた。
(なんなんだよ・・?)
ぽい、ぽい、ぽいっと先程よりも幾分乱暴に本を戻すと、ようやく新一は手が空き、体の自由を取り戻す。
「なぁ、どうしたんだよ・・・?」
蘭を振り返ろうと体をひねる。
・・・と、新一背中の位置がずれたのを追いかけて、蘭もずれた。
「おいおいおい・・・」
新一は、視界に蘭の表情を捉えることができない。
「らーんー?」
「・・・ん。」
(だめだこりゃ。)
なぜだかわからないが、蘭は新一の背中にぴっとり張り付いたまま動こうとしない。
どうしたものか、と困った新一は、ぽりぽりぽりっと人差し指で軽く頬を掻いてみた。
「おーい。」
「・・・うん。」
「どうしたんだよ?」
「・・・いいの。」
「・・・。」
いいの、と言われても、このままの体勢でここに居続けるのはあまりにもまぬけである。
しかも、寒い。
ついでに言うなら、後ろから張り付かれたのでは、新一は蘭の髪を撫でることさえできないのである。
新一は、蘭の反応に脱力しそうになるのをなんとか押さえて、どうしようかとその場で考える。
と、するっと蘭の腕が新一のお腹に回された。
どきんっと新一の心臓が跳ねる。
「らんっ?」
「・・・なによ。」
どきどきと脈打つ心臓を抱えて、新一はさらに当惑した。
その間にも、蘭は新一をぎゅっと抱きしめていて。
でも、新一から抱きしめ返すことはできない。
(ずりーぞ、蘭。自分だけ・・・。)
なんだかズレたことを考えた新一は、次の瞬間、蘭の手を捕まえると、自分も振り返りながら、勢い良く蘭を新一の正面へと引っ張った。
ようやく、新一の腕の中に、飛び込むようにして蘭が納まる。
「・・・つかまえたぜ。」
新一は、にやっと意地悪げに笑うと、ひょこっと蘭を覗き込んだ。
視界に飛び込んだのは、真っ赤な顔をしている蘭。
「・・・え?」
その蘭の表情に、新一は目を丸くして動きを止めて。
一瞬のち、新一はようやく蘭の心情を理解したのである。


なんてことはない。
蘭は、ただ新一に甘えたかっただけ。
理由も原因もなく。
でも、素直にそれを行動に移すのは恥ずかしくて、照れくさくて。
だから顔を見られないように、と、あんな妙な行動になったのだろう。
気づいた新一は、蘭に見られないように苦笑する。
意地っ張りで、照れ屋で、気が強くって、涙もろくて・・・。
そしてときどき、底抜けにかわいいこの恋人が。
こうして甘えてきてくれるのは、新一にだけ。
それは、誰にも譲れない、新一だけの特権で。
新一は、それが、なによりもうれしかった。

  
先ほど新一に赤い顔を覗き込まれて、ますます真っ赤になった蘭は、すでに新一の胸に顔を伏せて、その顔を隠している。
そんな蘭が、どうしようもなく愛しくて。
今度は新一が、そっと穏やかに、けれどもいつもよりも強く、蘭を抱きしめた。


書斎は、寒い。
・・・寒かった、さっきまでは。
今は寒いなんて感じないけれど、きっと変わらず室温は低いのだろう。
早く暖房の効いたリビングに移動しないと、蘭が風邪をひいてしまう。
・・・そう思うのだけれど。
だけど、もう少しだけ。
もう少ししたら、リビングであったかい紅茶をいれるから。
だから、あと少しだけ。
・・・今は、このままで――――――。





〜fin〜



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