五月晴れ
「会いたいなぁ・・・。」
そう、ポツリと呟いたのは、半分無意識だった。
「なぁに?蘭。随分素直じゃないの。」
机を挟んで正面に座っていた園子が、少し驚いた顔でそう聞き返してきて、初めて蘭は自分が呟いた言葉を自覚した。
「えっ・・・」
やだ、と赤面した蘭に、園子が呆れたように笑う。
その視線が教室にあるひとつの机に向けられて、蘭は切なげに微笑んだ。
昼休みのひとつ前の休み時間、教室では既にお弁当を広げている生徒もいる。
気ままに集まって、ところどころでおしゃべりを繰り広げている女の子たちも、もうその机を特別に意識することはほとんどなかった。
「・・・結構経つね。」
言われて、いつのまにかじっとその机を見つめていた蘭は、慌てて視線を上げる。
目の前で、園子が気遣うような優しい笑みを浮かべたので、蘭は素直に頷いた。
「・・・そうだね。」
軽く笑って、視線を外へと向ける。
窓際の席は、この季節の特等席だ。授業中眠気に襲われることが問題ではあるが、とても気持ちがいい。ゆらゆらとのんびり揺れている日差しも、時折吹き込んでくる風も。
今日は少し気温が下がっているせいで、窓は細めにしか開けられていないが、日差しと風の冷たさが丁度よくバランスを取っている。
蘭はコトンと机に肘を落とした。
頬杖を付く蘭の前で、真似でもするかのように、園子も同じように頬杖をつく。
一瞬目を合わせると、微笑み、そろって校庭に視線を投げた。
「進級・・・できて良かったね、新一くん。」
「そうね・・・。」
視線を交えるわけではないけれど、園子の気持ちは蘭の中にじんわりと沁みこむ。
蘭に、小さな笑みが浮かんだ。
校庭では、次の授業でサッカーをするのか、数人の男子が既に走り回っている。
飛び交うモノトーンのボールが、彼らの間で見慣れていたのとは違う動きを見せる。
最近、そのボールも触っていなかった。
「ちゃ〜んとありがたみがわかってるのかしらね、新一くんてば。」
今度はやや呆れた口調で園子がぼやく。
蘭は、園子へと視線を向けると、どーかしらね、と苦笑した。
「もう!蘭ってばのんきなんだから!やっぱりアヤツの奥さんよね〜。」
「えっ!?」
瞬間に顔を赤くして慌てる蘭に、園子はおかしそうに視線を戻して続ける。
「ヤツものんきだからねぇ。早く来ないと今度こそ留年しちゃうってのに、危機感がないっていうか。どっか抜けてんのよ、あの推理バカは。」
「そ、そんなことないと思うよ?」
反射的にフォローした蘭に、園子は呆れ顔でため息を吐いた。
「まったく・・・。ちゃんとハッパかけてやんなさいよ、蘭。連絡は来てるんでしょ?」
未だに幼馴染を卒業できないのも、お互いの性格が根っからのんびりというか、焦っていてもイマイチ自覚してるのかどうかわからないようなところがあるせいだ、と園子は思う。
窺うように告げられた言葉に、蘭は、う、うん・・・と頷いた。
「いつ帰ってくるとかは、まだ言わないの?」
言うと、蘭は少しだけ困った顔になった。
それが照れているせいだと、園子は知っている。
「・・・もうすぐって。」
(は〜ん、それで会いたいなぁだったのね。)
納得、と園子が意味ありげな笑みを見せると、蘭は視線を落として更に頬を赤くした。
クスリ、と園子が笑う。
「日付も聞いたんでしょう?」
「・・・う、うん。」
こういうところが、かわいいなぁと思う。
女の子から見ても、十分すぎるくらい蘭はかわいい。そして、まだまだ魅力的になっていく。
(アヤツにはもったいないわね。これだけ待たせて蘭に見合う男になってなかったりしたら、どうしてしてやろうかしら。)
だけど、知っている。新一以外に、蘭の隣に似合う男などいないということなど・・・ずっと昔から。
「いつだって?」
ちらりと上目遣いに蘭が園子を見上げる。
小さな・・・けれども隠せない嬉しさのにじんだ声で、蘭が答えた。
「・・・週末。」
「あらま、ほんとにすぐじゃない。」
目を丸くした園子から、蘭が逃げるように顔を隠す。
じっと見つめると落ちる沈黙に、蘭が居心地悪そうに身じろいだ。
耐え切れず、園子はくすくすと笑い出してしまった。
強くてしっかり者で、でもどこか抜けていて・・・優しくて。
意地っ張りだから強がっていることも結構あって。だけど本当は、とても涙もろい。
「じゃ、土日の約束はキャンセルにしてあげるわ。」
来週の月曜日には、この親友が最高に幸せそうに笑う笑顔が見られるように。
「えっ、大丈夫だよ!」
こんなときに変な遠慮をしている蘭に、園子はやっぱり楽しそうに笑う。
「いーのいーの。ちゃーんと埋め合わせはしてもらうから!そうね、新一くんと蘭ふたりで。」
「で、でも・・・」
「まぁまぁ。埋め合わせのときには罪悪感なんて感じないくらい振り回してやるから、気にしなくていいわよ♪」
そう言うと、蘭は一瞬きょとんとして、それから小さく吹き出した。
「もう!園子ってば。」
「やさしーなぁ園子さんってば、でしょ?」
にっかりと笑う。
それから、蘭に顔を近づけて、真顔で念を押す。
「蘭、ちゃんと新一くんにワガママ言いなさいよ?」
くすくすと笑っていた蘭が、その笑いを止める。それから、ふわりと苦笑を浮かべた。
「うん、まかせて!」
「よし。」
またくすくすと笑い出した蘭は、随分と落ち着いていて、幸せそうに見える。
園子は、随分軽くなった気分を満喫しながら、綺麗に晴れた空を見上げた。
蘭の中の奥深く、親友では届かない場所にたくさんたくさん押し込められてきただろう涙を、新一が残らず受け止めてくれることを信じて―――。
〜fin〜
お久しぶりです!新蘭でも快青でもなく園子と蘭になりました♪
いつもお世話になってる葉ちゃんに捧げます(笑)。
2002.5.11 ポチ