ご注意
『愛しき日々』『チキチキBANG!BANG!』(WANETD発行)に出てきたオリキャラの竹内くんと麻衣ちゃんが出ています。
オリキャラ苦手な方はご注意ください。






ワイルドストロベリー




 ――夏なんか嫌いだ…。



 快斗は、思わず小さくつぶやいた。
 その声を拾う者はおらず、つぶやきはコロコロと転がっていく。
 快斗はため息を吐き、心の中でもう一度同じ台詞を繰り返した。
「どうかした、快斗?」
 声を掛けてきたのは、いつも快斗と一緒にいる青子だった。
 高校のクラスメートと出かけてきた花火大会の会場は、うっかりするとはぐれてしまいそうなくらいには盛況で、けれども共に来た友人を意識することなどなく、あさっての方向を眺めていた快斗を、青子は不思議に思ったらしかった。
(こういうとこは敏感だよなー)
 河原に投げていた視線を、快斗は目の前の青子に戻す。
 片手に綿飴を持って、快斗を窺いながらそれにかぶりつく様子は、いつもと変わらないお子様なのに。
(ちくしょう)
 快斗は心の中、意味もない言葉で毒づいた。
「快斗?」
 ひょいっと間近に覗き込まれて、快斗はがっくりと肩を落とす。
「なんでもねーよ」
 疲れた空気を滲ませて返答すると、目の前にある青子の額を無造作にみえる仕草で、そのくせ実は柔らかく、押し返した。
「それ、一口くれ」
 言うと、青子はニコリと笑って、はい、と手にしていた綿飴を差し出す。
 綿飴を渡そうというのではない。さぁ食え、と言わんばかりに、自分が軸となる割り箸を握ったままで、綿飴部分を快斗の口元に寄せたのだ。
(…このへんは相変わらずだよなぁ)
 その仕草が客観的にどう見えるかなんて、考えることもないのだろう。
 とはいえ、快斗に押し返す理由はない。
 そのままパクリと食いついたとき、青子の背後から声がした。
「こら快斗、皆で来てんのにおまえってやつは〜」
「んぁ?」
 もらった綿飴を口の中で溶かしながら、快斗はそちらに目をやる。
 一緒に来たメンバーの一人だった。
「いちゃついてんなよなー。見せつけんなよなー」
「バーロ、んなんじゃねーよ」
 冷めた口調で返す快斗に呆れ顔を向けたのは、目の前の彼だけではない。
 いつのまにか周囲に戻ってきた数人の友人だった。
「そんなんだろ!? どう考えてもそうだよな!?」
「そうでーすっ」
 誰かの言葉に、皆が揃って頷く。
「綿飴、あーん♪ なんてねぇ」
 女性陣が照れたようにからかう言葉を口にすれば、
「ぱく♪」
と、男性陣の一人が仕草つきでそれに乗る。
 陽気さはいつでもどこでも健在の仲間達だ。
「なんてなー、ふつーの高校生にゃ憧れっつーかさ〜」
「そうそう、らぶらぶーな恋人にしかできなくね?」
「できないーっ! あ〜んもう! やっぱり青子たちってばそうだったのねー!」
 と、それまで唖然としていた青子が、はっと我に返った。
「え? そうって、青子たちが何…え、えぇ!? ち、違うっ違うよ!」
「……出たよ……」
 はぁ〜、と誰かがわざとらしくため息を吐く。
「もう、青子ったら天然だからなぁ」
「毎回教室であてられてる私達の気持ちなんて、ぜーんぜん気づかないんだものね〜」
「教室!? なんで!?」
 青子、何かしたっけ!? と本心から慌てる青子に、周囲は楽しそうに笑った。
「まーね、それが青子達だもんねぇ」
「そーだよなー。いまさらだよな〜。この後だってきっと、たこ焼きとかー、クレープとかー」
「そうそ、全部半分こ、だよな?」
「えっだ、だめなの!?」
 ぶはっと周りが笑う。
「いんやー、ダメじゃないよな?」
「おー、全然問題なし! のーぷろぶれむ! だろ、快斗?」
 傍観していた快斗に話を振ってきたヤツを、快斗は嫌な顔をして、先ほど青子にしたのと同じように、だが今度は真実乱暴に、その頭を押しのけた。
 否定も肯定もできないその問いかけに、言葉で答えるわけにはいかない。
 どちらを答えても、快斗にとっては都合が悪いのだ。
「ほら、歩かねーと、花火始まっちまうぞ?」
 促してやれば、いつものやり取りは自然と流れていく。
 そうね、という同意と共に、集団は動き出した。
 こぼれそうになるため息を飲み込んで、快斗はその一番後ろを歩き出す。
 当たり前のように、青子が隣に並んだ。
「快斗? 機嫌悪いね?」
 ストレートに問いかけられて、思わず苦笑がこぼれた。
「バーロ、んなんじゃねぇよ」
「えー、でも快斗、ここが怒ってる」
「へ?」
 青子が綿飴を持っていないほうの手を伸ばしたのは、快斗の眉間だ。
 人差し指が、なだめるようにそこを撫でた。
「ばッ…ほんとに怒ってねーよ!」
 慌ててその手を捕まえて下ろすが、手を離すまでには一瞬だけ妙な間が空いた。
 この手を繋いでいれば、きっと余計なことに煩わされることなどないのに、と。
 青子が不審に思うことのない、ほんのわずかな一瞬、快斗は青子の手の柔らかさを感じる。
 するりと離したそれを、目の端に捕らえながら、快斗は青子に苦笑した。
「…浴衣、今年は新しいんだな」
 話題を変えれば、青子は嬉しそうに頷く。
「うん! お父さんが買ってくれたの。去年までのは少し小さくなっちゃってたから」
「あー、そういえば、結構長く着てたよな」
 たぶん、中学生になったときに買ったものだ。
 身長も伸びだだろうし、いくらお子様とはいえ、体型だって変わったはずだ。
 去年までは白地に紺や紫の花柄が入っていた浴衣だった。
 それが今年は、淡い青色の生地に、落ち着いた色の桃色の花が馴染み、紺色が差し色として入っている。
 全体ではなく局所にデザインされたそれらは、華やかながら落ち着いた雰囲気を添えて、青子からコドモっぽさを取り除いている。
 快斗は、しみじみと青子を眺めた。
 青子は綺麗というより、どちらかというとかわいい部類に入る。それは変わらないのだが、それでも今夜はふとした一瞬に、はっとするほど綺麗に見えることがあるのだ。
「快斗? これ、おかしい?」
 尋ねられて、快斗はサラリと首を振る。
「いや、似合ってると思うぜ?」
 言えば、青子は嬉しそうにはにかんで笑った。
「えへへー、ありがと!」
 そうして前を向く一瞬、余韻のような柔らかな微笑みが残る横顔に、目を奪われる。
 青子が綺麗に見える瞬間がある、ということを、一応普段から認識している快斗でさえ、心臓が飛び跳ねるのだ。
 免疫がない男は言うまでもない。
 今日は既に4人、青子が連れから離れた隙に寄ってきたナンパ男を、快斗は撃退していた。
 もともとの姿勢のよさや、白く綺麗な肌が、浴衣姿で宵闇にいると余計に映えるのだ。
 再び綿飴にかぶりつく青子は、周囲で振り返っていく男共の視線になど気づくふうもない。
 快斗は会場に来てから、視線を向けてくる男達を青子に気づかれないように威嚇し続け、かなり疲れていた。
 だからといって、帰るという選択肢はない。
 青子をひとり残すわけにはいかないし、快斗だって、本当は青子の隣にいたいのである。
(あーあ…)
 こうして勝手に苦労してたりして、なのにそれを本心から嫌だと思えなかったり、結局この場所から離れられなかったり。
(惚れた弱みってのは、こういうやつかねぇ…)
 隣にいる青子は、快斗の視線に気づくたびに綿飴を口元から離して、何? というように小さく小首を傾げる。
 それだけで、頬がどうしようもなく緩むのを自覚して、快斗は内心で苦笑した。
「もう一口」
 言うと、青子は、ああ…と快斗の視線の意味をひとりで納得する。
「はい!」
 先ほどからかわれたことなど忘れたように差し出された綿飴に、快斗は遠慮なく顔を近づけた。
 と、今度は、綿飴に到達する前に、ポカリと後ろから頭を叩かれる。
「……」
 今度はなんだよ、と、快斗は思わず据わった目で、振り返り、すぐにあからさまに『しまった』という顔をした。
 自分達が仲間の一番後ろを歩いている気になっていたが、さらに後ろにもう一組いたらしい。
 快斗の様子に苦笑したのは、快斗のクラスの委員長である竹内だ。隣を歩く彼の幼馴染の麻衣と視線を合わせて笑う。
「…なんだよ」
 剣呑な声を向けた快斗に、竹内は小さく噴き出してから、「いや、別に」と白々しく答えた。
「邪魔すんなよ」
「おまえな……」
 快斗の言葉に、さすがに呆れ顔になる竹内である。今度は麻衣が噴き出している。
「さっきのも、どうせ確信犯だろ? 快斗」
 さっきの、というのは、友人達に絡まれた綿飴パクリの一件だ。
 快斗は、先ほど友人に声を掛けられたときよりも、さらに嫌な顔をしたが、竹内はさらにそれがおかしいといったようにクスクスと笑った。
「…あんだよ、別にいーだろ?」
 竹内の問いかけを肯定する。すると、
「まぁね、別に悪くないよ」
と、楽しそうに笑いながら返してきた竹内の隣で、麻衣が目を丸くしていた。
「え、あれ、わざとだったの!? ほんとに!?」
 驚く麻衣に、驚く気配もない竹内が苦笑を向ける。
「だから言ったろ? 快斗にそんなかわいげないって」
「どーゆー意味だよ、それは」
「そのままだよ」
 さらりと言われて、快斗はため息を吐いた。
「快斗?」
 隣から尋ねられて、快斗は一瞬返す言葉に詰まる。
 竹内に確信犯がバレたところでたいした問題ではないが、当の青子に知られるのは都合が悪い。
「いや…」
 それだけ呟いて気まずそうに視線を逸らした快斗に、竹内は仕方がないなとでもいうように笑みを浮かべた。
「別に、はぐれてもいいぜ? 中森の下駄の鼻緒が切れたとか言っとくけど?」
「……」
 快斗は思わず黙り込み、竹内を薄く睨んだ。
 竹内が口にしたそれは、快斗に反撃の手を何一つ与えない、この状況で無敵の台詞だった。
 竹内によろしくというのは、なんだか遊ばれた手前悔しいが、浴衣姿の青子を独り占めできるなら、それに越したことはない。
 二人きりならば、先ほどは快斗とのことを「そんなんじゃない!」と言い切った青子だが、実は既に快斗とは両想いだったりするのだから、手を繋いでも文句は言わないだろう。
 ナンパの心配もないし、からかわれる心配もないなら、夏祭りの存在意義自体が快斗の中で一転する。
 快斗の結論は早かった。
「……覚えてろよ」
 よろしくの代わりにそう言うと、再び竹内はふっと軽く噴き出して笑った。
「逆だろ快斗? ちゃんと貨しといてやるから」
「いらねーよっ! 大体なんだよ、そのさらっと出てくる言い訳は! おまえだってこの後麻衣と抜ける気だったくせに!」
 言うと、竹内は、照れるふうもなく頷いた。
「なんだ、バレてたのか」
「あのなぁ……」
 思わず頭を抑える。竹内の隣では、麻衣が小さく舌を出していた。
「ほら、行けよ。あいつらが気づいて戻ってくると抜けられなくなるぞ」
 竹内の言葉はもっともである。
 快斗は、ひとつ大きくため息を吐いて、おもむろに隣にある青子の手を取った。
「か、快斗っ!?」
 ぱっと赤くなる青子に、快斗はちょっと笑った。
(うーん、こういう反応は良くなったよなぁ)
 付き合い始めてから、青子は触れ合うことに照れを見せるようになった。今でも無自覚なことはあるけれども、大分減ったように思う。
 だからといって、触れ合う機会が減ったのかというとそうでもないのだが。
 慌てて手を引き抜こうとする青子がかわいかったので、快斗はガッシリと手を捕まえたまま、そうそうに竹内に背を向けた。
「じゃ、よろしく」
「はいはい」
 ひらひらと手を振って去る快斗たちの後ろで、竹内と麻衣がどんな会話をするのかなんて知らない。
 彼らからはぐれ、二人きりになったとたんに手を引き抜く仕草を止めた青子に、快斗はひっそりと苦笑した。
 これから始まる花火が綺麗に見える場所など、快斗はいくらでも知っている。
 カラン、コロン、と繰り返される風流な音に誘われて青子を見れば、少しうつむき加減の横顔がうっすらと赤く色づいているのが見えた。
 すらりとしたうなじにつながるラインが綺麗で、見惚れる。
(…ちくしょう)
 快斗は、心の中で呟いて、白旗を掲げた。
 やっぱり、その魅力に抗うなんてできない。
「…青子」
 呼ぶと、きょとんとした顔で、青子が顔を上げる。
 視線が合うと、快斗はいたずらっぽく笑って、――心構えも何もない青子に、顔を近づけ、口付けた。
 人混みではないけれど、まだぱらぱらとある人影の主が、どこを見ているのかも知ったことではない。
 もしかしたら、そのうち何人かは快斗たちに気づいているかもしれないけれども、関係ない。
 離れて、我に返った青子が、真っ赤になって綿飴を持つ手を振り上げる。
 その綿飴をどうするつもりなのかと、内心で苦笑しながら、パシリと青子の手首を捕まえる。
 その細さにまたドキリとした心臓を隠して、快斗は無邪気にも余裕にも見える笑みを浮かべ、青子をおとなしくするための必殺技を放った。



「青子、すっげー綺麗」






 ――夏は、案外悪くない。






〜fin〜




照れない快斗を目指してみた!
2009.8.17 文月 優
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