迷い子
自分の中で押し殺そうとしていた感情が、息苦しさが、何なのかはわからなかった。
だけど、それを抱えているのは酷く重く・・・珍しく、快斗に苦しいと自覚させるものだったのだ。
―――悪い癖だと思う。
こんなふうに、青子に会いにきてしまうのは。
自嘲しながらも、やっぱり青子の雰囲気は優しくて、快斗はそれに癒される。
時折快斗の名前を呼び、部屋を出たり入ったり、くるくると家の中を動き回る青子に、快斗はいつも通り、適当な返事を返しつつ、青子のベッドに背を預けて目を閉じていた。
慣れているのか、そんな快斗にも青子は特に構わない。
何度目か、部屋に戻ってきた青子が、溜息を吐いた。
―――まったくもう、快斗はいっつもねぇ・・・
そんな呟きを聞いた気がした。
目を開けて、―――そこで、何が快斗を惹きつけたのかは、よくわからない。
無防備に向けられた背に、腕を伸ばしていた。
「快斗?」
また悪戯?と、最初はそんな問いかけ。
快斗は、それを無視して、更に腕を引く。
バランスを崩した青子が腕の中に倒れこんでくるのを、両手で受け止め、そのまま自分の腕の中に閉じ込めた。
「快斗!?」
次に青子が発した声は、いつもと少し違っていた。
多分、快斗の腕が、いつもとどこか違うことに気づいたのだろう。
快斗は、ぼんやりとそんなことを思いながら、目の前にある癖っ毛に頬を埋める。
柔らかい。
犬のように鼻先で髪を掻き分けると、現れた白い肌に、そっと唇を押し当てた。
「ちょっ快斗!?」
非難の籠もった声。だけど怯えのないそれに、快斗は小さく笑う。
怖がらせたいわけではないので、「うん?」と軽く答えたが、止める気はない。
どうしてそんなに自分を信用しているのか、と、それが無償におかしかった。
細い首。そっと押し当てた唇で辿ると、青子が小さく震える。
身じろいだせいで、先ほど掻き分けた髪が、快斗を隠すように落ちてきた。
「くすぐってーとか?」
「あ、あたりまえでしょ!」
ふざけて尋ねると、むっとした声が返る。
色気のない返事に、笑みが零れてしまう。
快斗が小さく笑ったので、青子は振り返ろうとする。
が、とりあえず腕の力を強くして、快斗はそれを止めた。
そのまま、少しだけキスを下に下ろす。
「かっ快斗!」
いくら鈍感でも、さすがに快斗の意図するところに気づいたらしい。
青子の声に焦りが混ざる。
快斗は、キスを止める。
ほっと、あからさまに青子の肩に入っていた力が抜ける。
安心されては困ると、快斗は小さく苦笑した。
―――どこまで、受け入れてくれるのだろうと・・・無防備な背に、無邪気な笑みに、自分の心の中を思った。
どこまで許してくれるのだろう、と。
そんなことで何が計れるわけでもないと知っているのに。
目の前にある肌に、頬を埋める。
ビクリ、と、また青子が緊張したのがわかったけれど、快斗はそのまま目を閉じた。
愛しくて求めるのか、癒されたくて求めるのか。
常なら前者だと言い切れる想いが、今は怪しい。
ただ、青子にキスがしたかった。
頬を離し、快斗は再びそこに唇を寄せる。
「快斗っ!」
ただ、愛していたかった。
嫌ならきっと、青子は叩いてくれるはずだから。
叩かれれば止めるから。
だけど―――叩かれなければ・・・。
おちゃらけた自分を忘れて、青子に真剣に想いを囁くことができるほど、快斗は大人になれない。
言えずに繰り返すキスだけで、一体どのくらい伝わるのだろう、と、快斗は目を細めた。
そんなことを考えながら、青子の首筋にキスを繰り返していて、快斗は、最初の息苦しさが消えていることに気づく。
愛しいから求めているのだという理由が、すっと心の中に落ちてきたことに気づく。
そして、腕の中の青子が・・・泣き出しそうなくらい身体を緊張させながらも、抵抗をやめていることに気づいて。
快斗は、一瞬動きを止めると、次の瞬間青子を抱きしめる腕を強くした。
心の底から湧き上がる幸せな想いに笑みを浮かべる。
過ぎる程に与えられ、受け取っているものがある。
困らせるつもりなどないのだ。
だから快斗は腕を緩めると、先程諦めた言葉だけを、青子に届けた。
〜fin〜
微妙にあやしげな話が…(^^;)。
この快斗って、なんとなく『花惑い』ちっく。
あんまり勝手なことゆってるなよ〜。振られちゃうぞ(笑)。
2004.7.18 蒼月 夕