君に会いに行こう




- 04 -




 車は迎賓館ではなくプライベートの屋敷前につけられたので、目の前の扉を開ければ、もうそこには懐かしい空間が広がる。
「…いつ以来だったかな?」
 毎日そうしているように、今日もあっさりと扉を開いたグラマンについて、ロイはその入り口をくぐる。
「…イシュヴァール戦よりも前であることは確かで…」
 ですね、と続けようとしていた言葉は、喉に張り付いて出てこなかった。
 視線が、自然と吸い寄せられる。
 玄関ホール。その正面の両側を下りてくる、美しく彫刻された木製の階段の、その上。
 2階の手すりに寄りかかるようにして、彼女は立っていた。
「え、あれ!?」
「嘘だろ! ホークアイ中佐!?」
「…中佐ですね、どこからどう見ても」
 一瞬見惚れていたロイは、最後に発されたファルマンの言葉に我に返った。
(…どこからどう見てもってどこからだ)
 口元が歪みかけるが、目にしているものがどうにも別格過ぎて、顰め面になることができない。
 リザは、長く伸びた髪をそのまま下ろしていた。
 それに、緩くラインを描く長めのスカート。
 私服姿はそれなりに目にしてきたが、リザはたとえスカートでも常に戦闘態勢を取れる服装しかしていなかった。髪だって、下ろしていたことは非常に少ない。ロイといると常に護衛としての任務を意識することになるため、下ろしているリザにロイが会えることが少なかっただけかもしれないけれど。
 だから、緊張感を纏わない、リザがリザでしかない姿をロイが見るのは、本当に10年以上も前…あの約束を交わした日以来だった。
 その彼女が、クスリと笑う。
「久しぶりね、みんな。ブレダ少佐、ファルマン大尉、私はもう中佐じゃないわよ?」
「すっげぇ、本物!」
「ハボック少佐、もう少しまともな反応をしてくれないかしら」
 楽しそうに笑うリザの視線が、かつての部下達を眺めて、移動する。
 ――ロイに。
「…お久しぶりです、マスタング閣下」
 ロイは、数度瞬いた。
 バカみたいかもしれないが、夢でも見ている気分だったから。
 そんなおかしな感覚を、聞きなれたリザの呼び声がかき消した。
 ようやく現実に帰ってきた心が、どうしても高揚する。
 口にしたことはなかった。
 心でさえ、一番に願ってきたのは違うことだった。
 それでも、ロイはやはり待っていたのだ。この瞬間を。
「……中佐じゃないなら、もう少し呼び方を変えてくれないかな」
 告げた言葉は、ぎこちなくなかっただろうか。
 そんな戸惑いを隠しながら立っていると、リザはクスリと笑った。
「久しぶりね、ロイ」
 背後に立つ部下がどよめいたのが聞こえる。
 だが、ロイはあえて彼らを意識から締め出した。今はそれどころじゃないのだ。
「……確かに昔と同じ呼び名だが、久しぶりに聞くと全然違うものだな」
「歳を取りましたから」
「……話し方が大人だ」
 リザが軽く噴き出した。
「そうですね、随分と大人になりました」
「……その敬語は消えないのかな」
 見上げて打診すると、リザは少し困ったように眉を寄せた。
「いつのまにかこちらが自然になってしまいましたから。…でも、そのうち戻るわ」
「これから?」
「時間はたくさんあるものね」
 ロイの頬がようやく揺るんだ。
 じわじわと実感が満ちてくる。
「…そうだな。確かに。では、ぜひその方向で頼む」
 リザはその様子を見て、ふわりと微笑む。
 その笑顔で、自分の緊張が見抜かれていたことを知ったロイは、照れくさそうに頬をかいた。
「話し方が固いのはあなたもですけどね。…それは昔からよね」
「もともと君は、私にとって師匠の娘さんだったからね」
 苦笑交じりに告げて、ロイは首を傾げてみせた。
「ところで、そろそろ降りてきてほしいんだが」
 言うと、ロイがした仕草を真似て、リザは悪戯っぽく小首を傾げてみせた。
「どうやって降りましょうか」
 そのリザの悪ふざけに、ロイはすかさず便乗した。
「では歌劇のように演出たっぷりに頼むよ」
 数歩進んで、両腕を広げる。
 ここに飛び込んできてほしい、と。
 リザは、クスクスと笑いながら、手すりに歩み寄った。
「訓練をさぼってはいませんか?」
 尋ねられ、ロイは眉を寄せた。
「それは君が一番知っているんじゃないのか。…落としたりするもんか」
 拗ねた響きさえ含むその言葉に、リザがふわりと破顔する。
「では遠慮なく」
 ひとこと告げると同時に、見慣れた軽い身のこなしで、ひらりと手すりを飛び越えた。 ゆとりのあるスカートの裾がふわりと風を受ける。
 一瞬の飛翔。
 ロイが広げていた腕に、寸分違わずに着地した。
 リザの金色の髪が、ロイの頬を掠める。
「……リザ」
 呟くように呼んだロイの声は、きっと呼ばれた本人にしか聞こえなかっただろう。
 仮に聞こえていたとしても、聞こえなかったことにしてほしい。
 そのくらい、情感が溢れた声色だった。
 それにリザがクスリと笑う。
 互いを抱く腕に、きゅっと力がこもったのは一瞬だけ。
 もともとこんな演出は柄ではないし、そこには二人以外もいるのだから。
 どちらからともなく笑い出しながら、腕を解いて、体を離した。
「…君はそもそも、抱き留めなくても着地できるからなぁ。女優になれるぞ」
「それは無理です。でも潜入捜査だって山ほどこなしてきましたから、このくらいは」
「潜入捜査と一緒にしないでくれ」
 情けなく眉を下げたロイに、リザがクスリと笑った。
 応えるように微笑んだロイともう一度視線を交わし、リザはひとつ息を吐く。
 くるりと振り向いた。
「おかえりなさい、お祖父様」
「ああ、ただいま、リザ」
 次にリザはかつての自分の、そして今もロイの部下である4人に向いた。
「いらっしゃい。たった2週間ぶりなのに、すごく久しぶりのような気がするわね」
 目の前で繰り広げられた光景に、4人が4人とも口を開けてすっかり凍り付いていたのだが、はっと揃って我に返った。音がしそうな勢いで慌しく敬礼する。
「お久しぶりです! えーと、」
 挨拶をしようとしたハボックが、もう中佐じゃないと言われたことを思い出して、呼び方に戸惑う。
「なんて呼んでくれても構わないわよ? それに、敬礼もいらないわ」
 笑ったリザの隣に、マスタングが並んだ。
「ホークアイさんが妥当だろうがな。…まぁ、リザさんにしておけ。どうせファミリーネームは近々変わる」
「…すげぇ大胆な発言しますね、閣下」
 隣で呟いたブレダに、ロイは肩をすくめて見せた。
「言っただろうが、婚約者だと」
「あら、改めてプロポーズはしてくれないんですか」
 リザが真顔で、冗談か本気かわからない言葉を口にする。
 と、ロイも長い付き合いである。もう慌てることもなく、肩を上げてみせた。
「君が望むなら何度でも言うがね」
 リザはふわりと微笑んだ。
「望みませんね。仮に何度も言われたとしても、きっと最初の言葉が一番嬉しいと思うもの」
「あー、そっか。婚約者ってことはプロポーズ済みなんだ! えーっ、閣下なんて言ったんです?」
 身を乗り出したハボックの隣では、フュリーも興味津々で目を輝かせている。
 ロイは眉を顰めて一蹴した。
「おまえはそういうデリカシーのない質問をしているからモテないんだ!」
「げー、余計なお世話っすよ」
「貴重な忠告だろう。聞いておけ」
 リザの立ち位置がロイの一歩後ろから、もっと自由に変わっただけで、あとは慣れたメンバーである。あっという間に空気は共に過ごした頃に戻り、会話が途切れることもない。
 その様子を少し離れて眺めていたグラマンが、穏やかな表情で声をかけた。
「ほらほら、マスタング君も皆も、話すなら座って落ち着いて話しなさい。リザ、奥へ通してあげて」
「あ、はい。ごめんなさいね。移動しましょう」
「では私はこれでね。うちの奥さんが待っているから」
 と、ロイが慌ててそちらへ向かおうとした。
「失礼しました。ご挨拶を…」
「いいよ。夕食を食べていきなさい。そのときに会うだろうから」
「……はい、ではそのときに」
 グラマンは、頷き、視線を他のメンバーにも向ける。
「みんなも、ゆっくりしていきなさい」
「は! ありがとうございます!」
 ハボックたちも、グラマンとはそれなりに長い。
 砕けることはできないが、過度に緊張することもなく、綺麗に揃って敬礼を返した。
 その小さな背中を見送って、誰からともなく肩の力を抜く。
「…じゃあ、向こうへ。お茶でも淹れて、ゆっくりしましょう」
「おー、リザさんのお茶、久しぶりですね!」
「ハボック、それは私のセリフだ。取るな。だからおまえは」
「はいはい、モテないんですよね」
「違う! 出世しないんだ」
「うわひっでぇ! つーか出世はアンタがサインしてくれれば」
「相応には進んでるだろう。文句を言うな」
「ふたりとも、だから移動してからと言ってるでしょう? まず来なさい」
「ハイ!」
「…ハイ」
「……本当に懐かしいな」
 条件反射的に直立不動になるハボックとロイを眺め、ブレダ達がしみじみと呟いた。








5年ぶりの更新とか恐ろしいことになってて申し訳ありませんm(__)m
2014.12.29 ふみづき ゆう


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